10月15日(土)晴れ 文化祭は忙しい

 運動会ほど重要ではないけど、非常に良い天気で始まった文化祭一日目。

 開場よりも早めに集合した文芸部では、女子の着替え待ちをしていた。

 コスプレの準備は結構がっつりしていたことを当日になって知らされ、100均安っぽい司会者らしい格好にしてしまった僕は初っ端から軽く後悔する。


「いったいどんな衣装になるんすかね……」


「全然……わからない……」


 ちなみに桐山くんは謎のシルクハット、藤原先輩は僕が避けた三角帽子で、僕とだいたい似たような感じだったのでそこは安心した。

 そして、開場の10分前に儀替えを終えた女子が展示場に入ってくる。


「じゃじゃーん! どうですか、男子諸君!」


 日葵さんの言葉と共に並んだのは……奇しくも僕が想像した大正ロマン風の服装だった。


「す、すごく似合ってます、姫宮さん!」


「え。いきなりありがとう」


「ちょっとちょっとー! 調達したのはひまりなんですけどー!」


「提案したのは姫宮さんだから。というか、調達っていったいどこから……」


「それは親がちょっとこういう系に噛んでるから2日間だけ格安で借りた感じ」


「へぇ、そうだったのか。って、それなら男子のも用意してくれよ!」


「いや、男子3着だけ用意するのはちょっと難しくて……」


 理由があるなら仕方がないことだけど、おかげで男子とのクオリティの差は歴然だ。

 路ちゃんが髭眼鏡を止めた理由がよくわかった。


「りょ、良助くん……どうかな? 全然着たことがない服なのだけれど……」


 そんな路ちゃんも大正ロマン風の服を身に纏っていた。

 僕の中では路ちゃんこそ文学少女というイメージだから、他の人よりもしっかり着こなしているように見える。


「う、うん。似合ってるよ」


「よ、良かったぁ……」


 思わず褒めるのを緊張してしまうくらいには。

 でも、路ちゃんが文化祭を全力で楽しもうとしていることがよくわかったので、改めて気合を入れなければならない。



 一般の入場時間になり、外が少しずつ賑やかになっていく中、文芸部の展示には去年以上に人が来ていた。

 その理由は女子のコスプレが目を引くというのもあるけど……


「文芸部の展示やってまーす! ぜひ見に来てくださーい!」


「冊子は無料配布になっています。それと休憩用にお茶の提供も……」


 日葵さんや伊月さんの呼び込みが想像以上に上手だったのが大きかった。

 いったいどこでそういうスキルが身に付くのかわからないけど、おかげで午前中からかなり冊子を手に取って貰えた。


「……リョウスケ」


「あっ……ちょっと僕も外に出てくるね」


 そんな中、花園さんの姿が見えたので、僕は廊下に出ていく。


「……何ですか。その浮かれた格好は」


「いや、浮かれたつもりはないし、何なら後悔してるところなんだけど……」


「よくわかりませんが、ひとまずミチちゃんが楽しそうで何よりです。このまま一度展示を見せて貰った後に、暫くこの辺りをうろうろしておきます」


「僕は14時頃に休憩を貰ってるから、その時以外は自由にしても大丈夫だよ」


「そこは心配いりません。ミチちゃんと回る時間以外は特に用事がないので」


「そ、そっか。じゃあ、とりあえず見学していってよ」


 それからも次々と知り合いがやって来るけど、その多くは僕の格好に少し驚いていた。

 これで大倉くんのアドバイスを受けずにもっと弾けた格好になっていたら、めちゃくちゃ心配されていたかもしれない。


「おっすりょーちゃん。今年こそりょーちゃんが書いた作品を……」


「いや、それはいいから。それよりも……伊月さんのとこ行ってあげなよ」


「……りょーちゃん」


「な、なんだよ」


「……ぶっちゃけ茉奈ちゃんが一番似合ってると思う」


「はいはい。本人に伝えて」


「はーい。茉奈ちゃ~ん」



 12時が近くなると一旦展示系の波は収まって、屋台の方がさらに騒がしくなっていく。

 それから昼食の休憩を挟んだ後、僕の本休憩の時間がやって来た。


「良ちゃん、その恰好で回るのか?」


「ぼ、ボクはいいと思うけど……」


 展示まで迎えに来てくれた大倉くん・本田くんと一緒に僕は校内を回り始める。

 同じ階の展示物は昨日の準備段階で覗かせて貰ったところもあるけど、文芸部が本番でコスプレを持ち出したように、他の部活も本番用の展示や装飾は気合が入っていた。


「う、産賀くんはお昼食べたんだっけ?」


「うん。みんなで交互に屋台へ行って貰ったから。だから、今日あと行くべきところは……茶道部だけ」


「茶道部……か」


 僕が少し身構えているのを本田くんは感じ取っていることだろう。

 その緊張感のまま、僕は茶道部が貸切っているホールへ向かう。


「いらっしゃいませ……おっ、3組男子ズ……と本田くんじゃん」


「野島さん、お疲れ……今年も看板持つ係なの?」


「いやいや、今がその時間なだけ! 私だってお茶をたてることあるよ。食べてるばっかりじゃないんだから」


 抗議してくる野島さんに謝りながら、僕は茶道部の盛況ぶりを見る。

 今年も茶道の体験コーナーは人気のようだ。

 だからこそ、去年は諦めてしまったけど……


「おお、良助……とそのご友人。来てくれたのか」


 そう言って迎えてくれた清水先輩はとても嬉しそうだった。

 その姿を見られただけでも来たかいはある。


「はい。今も忙しそうですね」


「悪いな、茶道体験はやって貰えそうにないが……3人の分は私が用意しよう」


「ありがとうございます」


 清水先輩はそのままお茶菓子などを準備するであろうスペースに入っていく。

 すると、野島さんが僕の方へ近づいて来た。


「……清水先輩は3年生だから今回は回って貰う方をメインにしてるんだけど、この時間は産賀くんが来るから残るって言ってたんだよ。幸せ物だねー、このこの」


「ま、まぁ、そういう約束だったから……うん。ちゃんと来られて良かった」


「えっ? 文芸部もそんなに忙しい感じ?」


「あっ……うん。ちょっとね」


「どうりでそんなヘンテコな格好のまま来てたんだ」


「……大倉くん、本当に僕はこれで良かったんだろうか」


「えっ!? ボクは本当にいいと思ったんだけどなぁ……」


 そんな会話をしているうちに清水先輩は戻ってきて、僕達にお茶のセットを提供する。


「良助、どうだ?」


「美味しいです。去年よりも」


「それなら良かった……ちょっとだけ心残りだったんだ。去年は良助に応対できなかったの」


「そうだったんですか……?」


「いやまぁ、この文化祭の時期が来るまで忘れてはいたんだが……今年が最後だから余計に思ったのかもしれない」


「……僕も清水先輩に接客して貰えて心残りが無くなりました」


「そうか?」


 その問いかけに僕はゆっくりと頷く。

 きっと清水先輩が僕について心残りになるようなことは、これ以外にもう残ってないと思う。

 それを聞いたおかげか、はたまた不安だったことが解決したおかげか、僕の心もようやく落ち着いてきた。


 そのまま話を続けたかったけど、お茶を頂いた後は僕も浮かれた格好の本来の役割を果たすために、文芸部に戻っていった。

 それから、想像していたよりも忙しく感じた一日目は無事に終了する。

 文芸部に来てくれた人達の感想や感心する声に喜びながらも、どこか胸にはすっきりした感覚があった。

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