6月3日(金)晴れ 後輩との日常・姫宮青蘭の場合その3

 週末の疲労感がある金曜日。だけど、この疲れはエアコンによる疲れの可能性もある。調べてみると冷房病(クーラー病)という病名が付けられていて、確かにこの時期は冷えすぎた後に独特の気だるさがあることを思い出す。

 でも、僕がエアコンのことを気にするのは疲労感だけが理由ではない。


「今日は僕が資料預かっておけばいいんだっけ?」


「う、うん……」


 放課後の文芸部の時間、昨日の件があったせいか路ちゃんから少しだけ距離を置かれてしまっていた。しかし、僕はどこについて謝ればいいかさっぱりわからなかった。


「副部長」


「ああ、姫宮さん。どうかしたの?」


「痴話げんか?」


 そんな中、姫宮さんの突然の言葉に僕は咳き込む。


「な、何言ってるの!?」


「すみません。この空気感に当てはまる単語がパッと思い付かなくて。そうでないのならば、、、不可侵条約?」


「どこから出てきたの……無理に当てはめなくてもいいよ」


「では単刀直入に言うと部長に何かやらかしたんですか」


「や、やらかしたこと前提……」


「部長の方が悪いパターン」


「ち、違います。たぶん僕が悪いです」


 そう言っておきながらも原因がわからないのだから困ったものだ。しかし、姫宮さんの方はなぜか薄っすらと微笑む。


「つまり副部長を仕留めるなら今がチャンスだと」


「何考えてるの!?」


「青蘭ジョークです。しかしこのままだ日葵に気付かれて私以上に深く掘り下げられること間違いなしなので早く解決した方がいいですよ」


「そ、そう言われてもなぁ……」


「仕方ありません。助っ人を呼びましょう」


 そう言った姫宮さんは一旦僕の元から離れる。助っ人に広め始めたら日葵さんに伝わるのも時間の問題じゃないかと聞く前に。


「産賀さん、どうしたんですか?」


 そして、連れて来たのは伊月さんだった。この状況であれば先輩を含めたとしても伊月さんに聞くのが一番良いかもしれない。そう思った僕は昨日の状況を話し始める。

 その結果、二人から返って来たのは……


「それは産賀さんが悪いです」


「同意」


 ダメ出しだった。いや、そうなるとは思っていたけど。


「そもそもの話、最初にうつらうつらしてる段階で起こしてあげるべきだったんです。友達と見ちゃうなんてそんな……まさか浩太くんじゃないですよね?」


「い、いや、違う友達だよ」


「だとしても近しい人にそういう姿は見られたくないものなんですよ。その時にどんな顔してたか自分じゃわからないんですから」


「すみません……」


「あっ、別に説教するつもりじゃなかったんです。でも……産賀さんも男友達といるとそういうノリになるんですね」


「男の子はみんなそういうもの」


「えっ!? 青蘭はわかるの?」


「ううん。適当なこと言った」


 軽いボケをかます姫宮さんを伊月さんは少し呆れた目で見る。どうやら伊月さんも姫宮さんのテンションに苦戦させられている側のようだ。


「とにかく誠意を持って謝れば大丈夫です。さぁ、行きましょう」


 そう言いながら伊月さんに引っ張られて僕は路ちゃんの前まで連れて来られる。一方の路ちゃんは尚も僕から目線を逸らしていた。

 だけど、ここまま来たなら言うしかない。


「昨日のことはごめん。僕もちょっと面白く思って起こすのが遅くなって……路ちゃんの気持ちを考えてなかった」


「えっ? それをわざわざ謝りに……?」


「う、うん。だから今日は目線を……」


「あっ、そういうことじゃなくて……むしろ昨日のことはわたしがもう一度謝らないといけないくらいなのだけど……」


「ち、違うの? じゃあ、いったい……」


「これですよね部長」


 そう言いながら姫宮さんは急に僕のもみあげの辺りを引っ張る。それと同時に僕は何かを引っこ抜かれる痛みを感じた。


「痛っ!? な、なにする……毛?」


「部長が副部長のこの辺りをずっと見ていたのを見ていたので」


「ご、ごめんなさい。言った方がいいのか迷ったのだけれど、1本くらいならそんなに気にならないのかなって……」


 姫宮さんが引っこ抜いた毛は恐らく僕が剃り残していた髭が伸びたものだった。毎日鏡を見ているはずなのに気付かないものである。


「な、なんだぁ……そういうことだったのか」


「本当にごめんなさい。今度からは言うようにするから!」


「いや、それ言うなら僕がもっと身だしなみに気を付けるようにするよ」


 僕はそう言いながら内心ホッとしていた。でも、路ちゃんの方は昨日のことは昨日で終わっていたので、いつも通り僕の気にし過ぎだったのだ。

 そんなことを考えるくらいなら、もっと鏡で自分の顔を見た方が良いだろうに。


 そんなこんなで僕と路ちゃんの件は一区切り付いた……と思っていたところにひそひそと話す声が聞こえる。そういえばこの現場に居合わせた2人のことをすっかり忘れていた。


「それはそれとして部長と副部長は教室だと結構仲良しさんっぽい」


「それ思った。産賀さんと路子さん、フラットな関係だと思ってたんだけど……えっ!? まさか……」


「ま、待って伊月さん! 今考えてること絶対違うから!」


「わかってますわかってます。でも、浩太くんが言うには……」


「松永の言うことは信じないで!」


 僕が必死に止めている間、路ちゃんがどんな顔をしているのかわからなかったけど、その後は伊月さんや姫宮さんと妙な盛り上がり方で話せていた。謀らずもこの一件は路ちゃんの親しみやすさを引き出したのかもしれない。


 そこは置いといて、最初から路ちゃんの目線に気付いていたのに意図的に黙っていた姫宮さんはなかなかのことをしてくれた。今後は寝首を搔かれないよう気をつけたいと思った。

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