2月14日(月)晴れ時々曇り バレンタイン・ミス

 バレンタインな月曜日。今日行けば明日と明後日は高校入試で休みになるから、まるでバレンタインデーのために1日開けられたような日程になっている。

 それは決して冗談で言っているわけじゃなく、この日教室に入ると明らかにいつもよりも甘い香りが漂っていたからだ。恐らく他の教室も同じような状況で、時間が経てば廊下までその空気に包まれるんじゃないかと思ってしまうほど甘さが伝わってくる。

 昨日はチョコ作らなければバレンタインなんて意識しないと書いたけど、ここまでになると否が応でもバレンタインを意識させられていただろう。


 そんな中、僕を含めた男子連中はいたって普通の日であるように努めなければならない。本場のバレンタインがどうであるかは関係なく、この日本のこの時期におけるバレンタインは女子が何か起こすまでは口を出す権利はないのだ。


「あーあ。俺も今年のチョコはお預けだからなぁ」


「まぁ、さすがに明日試験を控えてる伊月さんにそれを求めるのは酷だろう」


「わかってるよ。でも、貰いたかったって気持ちは出してもいいじゃん?」


「……松永。ちなみにだけど、去年って伊月さんからチョコ貰ったの?」


「もちろん。あとはテニス部の女子にも貰ったよ」


 別に聞いてない情報まで松永は喋る。いや、わかっていた。松永は交友関係が広いから僕と違ってどこかしらからチョコを貰っていることは。


「あ。そういえば結局明莉ちゃんのチョコは完成したんだっけ?」


「うん。無事に今日持っていったよ。ついでに言うと僕が最初にチョコを貰った」


「それはまぁ、手伝って貰って渡さないわけにもいかないだろうし……」


「なんだよ。別にせがんだわけじゃないからな。ちゃんと明莉から渡してくれたんだから」


 自分から言い出しておいて何だけど、すごく言い訳っぽく聞こえる。バレンタインだからといってこの話題に乗っかったのは失敗だったかもしれない。


「へー 良かったじゃん、うぶクン」


「ありが……とう」


 いきなり会話に割り込んできた大山さんに僕は固まってしまう。


「い、今の話聞いてたの!?」


「うん。何かまずいことあった?」


「いや、ないけど……」


「それより、いっぱい作って余ったからうぶクンと松永も1つ食べなよ」


 そう言って大山さんが差し出したタッパーには丸形のトリュフチョコレートが入っていた。


「いいの、大山ちゃん!?」


 それに対して松永はすぐに食い付いた。


「いや、松永の場合はアタシがいいかどうかは知らないケド、義理チョコ食べる分にはバチは当たらないと思うよ? その代わり、お返しはやんわり期待しておくからね?」


「りょーかいした。じゃあ、遠慮なくいただきまーす」


「ほら、うぶクンも食べてたべて」


「い、いだたきます」


 松永が遠慮することなく手に取ってしまったので、僕も続けて食べることになる。


「あっ……甘くない感じだ」


「そうそう。今回はちょっとビターなカンジにしてみたんだケド……うぶクン的には甘い方が良かった?」


「ううん。これくらいの方がむしろすっきりしてて美味しいと思う」


「おー 好評で何より!」


 大山さんのリアクションを受けた僕は少し後悔した。流れで貰っただけなのに何を評価しているんだ僕は。


「いや、りょーちゃんを唸らせたら大したもんですぜ。なにせ明莉ちゃんのチョコを貰った後だから」


「だよねー というか、アタシも明莉ちゃんのチョコ食べたかったなー うぶクン、今度作って貰うように言ってくれる?」


「えっ!? た、たぶん、簡単に作って貰えないというか、作るまでが難しいというか……」


「じゃあ、うぶクンが作ったやつでもいいから。ね?」


 じゃあと言われてもそれだと全く別物になると思いつつ、僕は「検討しておく」と答えた。どちらにせよ食べてしまったからにはお返しを用意しないといけない。


 それからHRの前に明日の入試に向けた清掃活動が行われた。教室の窓を全開にして空気を入れ替えると、チョコの香りもだいぶ消えていったから明日の受験生に影響を与えることは無さそうだ。


 そして、僕はそのまま帰宅しようと教室を出た時だった。


「産賀くん、お疲れ様」


 ちょうど岸本さんが1組の教室がある方からこちらへやって来る。


「お疲れ様。どうしたの? 今日は部活がないけど……」


「え、えっと……」


 僕は何の悪気もなくそう聞くと、岸本さんはひどく困った様子になった。しかし、それを見た僕はすぐに失敗に気付く。

 だけど、それに対して僕からどうフォローを入れればいいかわからない。


「と、とりあえず移動しようか? ここだとあんまり……」


「……はっ!? ご、ごめんなさい。よく考えればわかることなのにここで呼び止めるなんて……」


 特に周りの目が僕と岸本さんへ向けられているわけではなかったけど、何となく気まずいのでその場から移動して学校から脱出する。

 そこから帰り道的に分かれる手前まで行くと、僕と岸本さんはようやく足を止めた。


「……産賀くん。その、何をやろうとしているのかわかっているとは思うのだけれど」


「う、うん」


「おかげさまでチョコが完成したから産賀くんにもと思って。味はわたしが食べて普通に美味しいと思ったし、かりんちゃんもそう言っていたから間違いないと思うのだけれど、もし口に合わなかったから……」


「そ、そんなことはないと思う。ありがたく受け取るよ」


 包みを取り出してから延々と説明を続けてしまいそうだったので、僕は途中で遮ってしまった。


「ほ、本当に美味しくなかったら全然残って貰えば……」


「ミチちゃん、長いです」


「きゃっ!?」


「わっ!?」


 どこからともなく出てきた花園さんに僕と岸本さんは同じタイミングで声をあげた。


「は、花園さん、いつから……」


「廊下でやり取りしていた時からです。そもそも華凛はミチちゃんがチョコを渡した後、一緒に帰る予定だったのに、なぜか二人で帰り始めたのでびっくりしました」


「ご、ごめん……わたし、色々考えてたら忘れちゃって」


「いえ、ミチちゃんは悪くありません。悪いのは急に言い出したリョウスケです」


「だ、だって、廊下で受け取るのはどうかと思って……」


「なぜですか? バレンタインにチョコを貰うことに何か不都合でも?」


 そう言われても教室でたまたま貰ったならともかく、わざわざこちらの教室まで来てチョコを渡される状況は僕にも岸本さんにも面倒な誤解を招く可能性がある。二人が同じ文芸部であることは傍から見たらわからないのだから。


「まぁ、このまま渡さず帰ることにならなかったのは良かったです。あ。言っておきますが、華凛はチョコを用意していません。欲しければ店舗に来て和スイーツを召し上がってください」


「わ、わかったよ」


「さて、華凛はこのままミチちゃんとお話ししますので、リョウスケはどうぞ帰ってください」


「ま、またね。産賀くん」


 突然の登場から完全に場の空気を持って行った花園さんに言われてしまったので、僕は大人しく帰ることにした。岸本さんと花園さんの帰り道は全く違うけど、この後に二人のバレンタインを楽しむのかもしれない。


 こうして、何もないと思っていたバレンタインデーは甘い香りと二つのチョコを貰えた日になった。


 なんというか……貰い慣れていないせいで両方の状況で挙動不審になってしまったけど、貰えたことは素直に嬉しく思った。

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