9月7日(火)曇り 文化部の体育祭とは
文芸部の9月初めてのミーティングの日。文化祭が近づくにあたってミーティングは毎週行うようにするらしく、今日は改めて創作物の締切や文化祭までの流れを確認した。
しかし、それでミーティングが終わると思っていたら、教卓に立っていた森本先輩はいつになく真剣な表情になる。
「それとー……今日はもう一つ。直前まで目を逸らしてきましたが、解決しなければならないことがありまーす……」
その物言いに僕と岸本さんを除く部員がざわつく。文芸部が解決すべき問題。今までやってきてそれらしいものは思い当たらないけど、いつもは飄々としている森本先輩が真剣になるほどのことなら重大なことに違いない。僕は息を吞んで次の言葉を待つ。
それからたっぷりと間を貯めて、ちょっとため息を挟んだ森本先輩が言う。
「……部活対抗リレーの選手を決めまーす」
「えっ」
「おっ、どうした? ウーブ君」
「あっ、いえ……なんでもないです」
想像していたよりも普通のことだったので、思わず声が出てしまった。
部活対抗リレー。それは普段見られない運動部の本気の走りが披露される場で、文化部のネタが見られる場である。いや、これは僕の認識であって、このリレーの本当の目的はよくわかってない。そもそも中学の時は幽霊部員になっていたので、卓球部としてリレーに参加することもなかった。
ただ、文化部が走らされるのはおかしな話であるのは何となくわかるし、今現在の文芸部内の空気感からあまり参加したくない感じが伝わってきた。
そんな中、やる気のなさそうな森本先輩に代わって水原先輩が仕切り始める。
「ということで、走者に希望する者はいるか? 5名が定員だ」
「…………」
「……まぁ、こうなるだろうとは思っていた」
水原先輩は諦めたように言う。もちろん、僕も進んで手が上げられるほど足が速いわけじゃないから遠慮したいところだった。ただ、今日集まった面々を見ると、そうもいかないことは薄々わかってしまう。
「ひとまずリレーの件は保留して、今日は解散とする。………藤原、産賀! すまんがこっちに集まってくれないか」
僕と藤原先輩が呼び出されると、教卓の前には1枚の用紙が置かれていた。目をこすっても「リレー参加者」の文字が目に入ってくる。
「藤原、産賀。走ってくれるか?」
「交渉の余地はないんですか……?」
「こういう言い方はしたくないが、男子に走って貰えた方が助かる」
そう言われてしまうと、もう断れなくなってしまう。文芸部には最近さっぱり見なくなった新山先輩を含めてまだ何人か男子がいたはずだけど、その先輩方は来る気配がない。そうなると、僕が一年生だからという言い訳もできないのだ。
「藤原先輩は大丈夫なんですか?」
「……得意ではないけど……やるしかない」
「そ、そうですか……わかりました、僕も参加します」
「二人ともありがとう。ということだ、沙良。あとはお前が覚悟を決めるだけだぞ」
「えー……何とか他の人を……」
「一応部長なんだから仕方ないだろう」
森本先輩がやる気がないのは既に自分が走ることが確定していたからだったのだろう。副部長の水原先輩と共に立場的に参加するしかないのは可哀想だ。
「あれ? じゃあ、あと一人は……」
「ソフィアが走るよ! やるからには勝とうね!」
「えっ? 勝ちに行く感じなんですか? 文化部だからパフォーマンス的なことを……」
「うーん……でも、文芸部ってパフォーマンスできるようなことなくない?」
言われてみれば吹奏楽部や美術部のようにそれらしい道具が思い当たらない。本を読みながら走る……のは昨今の歩きスマホを考えるとあまりよろしくないし、絵面としても地味だ。
「いつかの年は本をバトン代わりにして走ったらしいが……まぁそれだけだ。うちの学校は文化部でもネタに走るわけじゃなくて普通に走ってる」
「そうなんですね。じゃあ……それなりにがんばります」
「いやー がんばらなくてもいいよー 今年は二宮金次郎スタイルで……」
「えー!? ソフィアは結構自信あるから、先に走ってリードするっていうのはどう?」
それから先輩方と少し作戦会議をした結果、とりあえずは本だけ持って普通に走ることが決まった。僕はどちらかというと森本先輩の気持ちに同調してしまうけど、競う相手も文化部だからあまり無様な感じにはならない……と思いたい。
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