8月14日(土)雨のち曇り 祖父母宅での夏休みその2

 夏休み25日目。今日の夕方前には帰宅することになるけど、それまでは祖父母宅でのんびりと過ごすことになる。それは文字通りの完全に自宅に居座るという意味で、周りは自然に溢れているけど、そこで遊ぶような年齢ではなくなってしまったから家の中にいるしかないのだ。

 ただ、それが悪いわけじゃなく、祖父母宅にいれば誇張ではなく無限に食べる物が出てくるから寝て起きて食べて寝るには最適な環境だ……こう書くと悪い環境な気がしてきた。

 それでもじいちゃんばあちゃんも含めて家族でテレビを横目にとりとめのない会話をするのは貴重な時間だと思う。


 そんな中、僕はスマホでとある画面を見つめていた。その表情が真剣そうに見えたのか、ばあちゃんは僕に話しかける


「良助、何を見てるんだい?」


「あー……えっと、見てたわけじゃないんだ。考え事」


「もしかして、最近は宿題もスマートフォンで済ませたりするのかい?」


「ううん。宿題じゃなくて……」


「たぶん、部活のやつじゃない? おばあちゃん、りょうちゃんは文芸部に入ったんだよ」


 なぜか僕の代わりに明莉が得意気に答える。そういえば高校の話は聞かれたけど、部活のことは聞かれなかったからまだ話してなかった。


 それを聞いたばあちゃんは興味あり気に頷く。


「ほー、文芸部。というと、あれかい。小説書いたり、詩を詠んだり」


「そうそう。実はその部活で文化祭に向けて作品を創らなきゃいけなくて。それを考えてたんだ」


「なるほどねぇ。高校がもう少し近ければ文化祭も行けるんだけど……」


 確かにこちらのじいちゃんばあちゃんが僕や明莉の催し物を見に来たこと距離の問題もあって一度もない。大抵は長期休みで事後報告するばかりだ。


「たぶん、完成したら冊子が貰えるから今度持って来るよ……ちょっと恥ずかしいけど」


「本当かい? 嬉しいねぇ」


「じゃあじゃあ、明莉も今度部活の映像を何か撮って持ってくる!」


 明莉がそう言うと、ばあちゃんはそれにも嬉しそうに返事をした。明莉は基本的にこんな感じだけど、ばあちゃんには特に甘えた感じを見せる。それが素なのか意識しているのかわからないけど、ばあちゃんからすれば嬉しいことだろう。


「それでいえば、ばあちゃんもお友達と一緒に書いているやつがあるのよ」


「えー、なになに?」


「短歌っていうんだけどね。明莉はもう習っ――」


「ばあちゃん!? 今、短歌って言った!?」


 予想していなかった単語に僕はここに来て一番大きな声を出してしまう。明莉とばあちゃんがちょっと戸惑っている。


「え、ええ……そうだけど、短歌がどうしたんだい?」


「僕が今考えてるのも短歌なんだ。でも、なかなか思い付かなくて……」


「そうだったのかい。ばあちゃんは大人になってからできたお友達の一人が和歌とか詩集とかが好きで、それきっかけで初めてみたんだよ」


「じゃあ、その友達から何か教わった? 詠み方のコツとか、考え方とか……」


「そうだねぇ……」


 まさか身内から短歌の情報を得られると思ってなかった。来る前は課題や創作は持ち込まないでくつろごうとしていたけど、短歌だけは考えておこうと思って良かった。


 すると、ばあちゃん……が喋る前に明莉が口を挟む。


「短歌って五七五七七のやつでしょ、じゃあ……


夏だから

冷たいアイス

美味しいな

もう一本だけ

食べたくなったよ


……とかってどう?」


「それは明莉の感想……」


「いいねぇ。よくできてるよ」


 ばあちゃんが明莉を褒めたので僕はぽかんとしてしまう。


「わーい! 本当にもう一本だけ食べていい?」


「いいよ。たくさん買っておいたから」


 それを聞いた明莉は台所の方へ向かって行った。


「ばあちゃん、今の明莉のやつってよくできてるの……?」


「いいと思うよ。明莉の素直な気持ちが現れてるし、音もぴったりだった」


「……確かにちゃんと五七五七七になってる」


「ばあちゃんも素人だからわからないけど、お友達が言うには素直に書くのが一番だって言ってたねぇ」


「やっぱり見たまま感じたまま……なんだ」


「でも、良助。難しく考えちゃいけないと思うよ。ばあちゃんも創る時は楽しくてやってるから。それでも難しい時は……どこか一行だけ先に決めてしまうといいかもしれないねぇ」


「一行だけ……?」


「例えばさっき明莉が言った”冷たいアイス”を借りて…………」


孫が来る

冷たいアイス

買っておこう

きっとあの子も

喜ぶだろう


……みたいにね。一行が決まると、そこ以外も考えやすくなるんだよ」


「おお……!」


「ただ、やっぱり重要なのは楽しく考えることだよ。さっきの明莉みたいに日常的なことからパッとした思い付きでもできるものだから」


 そう言われると、僕は今まで資料頼りに考えていたし、完成図を気にして全体から考えてしまっていた。明莉の即席短歌を感想だと思ってしまうほど、僕の考え方は凝り固まっていたのかもしれない。


「ありがとう、ばあちゃん。いいヒント貰った」


「いえいえ。ばあちゃんはプロでも何でもないけど、良助の役に立ったなら良かったよ。それに……」


「それに?」


「良助と共有できる話題があるのは嬉しいねぇ。冊子、楽しみにしてるよ」


 ばあちゃんがいつも以上に楽しげに笑うのを見て、僕は気付く。今までばあちゃんと話す時は出来事を一方的に情報を伝えるか、もしくは聞かされるかの二択だった。だから、こんな風に教えられて一緒に考えるような会話をするのは意外にも初めてだったのだ。


 思わぬ収穫ではあったけど、おかげで短歌への考え方も少し変えられたし、ばあちゃんも楽しめる話ができて良かった。

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