7月23日(金)晴れ 沙良と汐里

夏休み3日目。2日連続でただの経過報告になってしまったけど、今日は部活へ行くのでしっかりと出来事が書ける。


 岸本さんに連絡を取ると、午前10時くらいに部室へ行く予定と返ってきたから僕もおおよその時間を合わせて家を出た。途中、コンビニで昼食を確保してから学校に着くと、グラウンドでは運動部のかけ声が聞こえる。テニス部活も活動しているようだから松永も昨日から引き続き汗を流しているのだろう。


 校内に入ると、今度は吹奏楽部の演奏が響く中、それなりに人の声も聞こえた。今週から来週にかけては補講が入っているので、夏休み中でも校内に生徒は多い方だ。


 僕は部室の鍵を取りに職員室へ向かった。夏休み中の部室は開けた人がLINEのグループへ報告することになっていて、今日は誰からも連絡が入っていないから取りに行く必要があると思ったからだ。


「あれ?」


 しかし、部室用の鍵をまとめた場所には文芸部部室の鍵がなかった。時間的には岸本さんが来ていてもおかしくないからちょうど入れ違いになったと思って、僕は部室へ向かう。だけど、部室前に着くと、その岸本さんが部室には入らず待っていた。


「おはよう、岸本さん。部室の鍵がなかったんだけど……」


「お、おはよう。それが……たぶん部室は空いてるの」


「えっ? そうなの?」


 部室の扉の方に目を向けると、中に人影が見えた。いつも森本先輩が座っている黒板前の位置だ。


「……じゃあ、入ろうか。連絡入れ忘れただけかもしれない」


「そう……よね」


 恐らく岸本さんは連絡が入っていなかったのに部室内に誰かがいるのが少し怖いと感じたのだろう。文芸部じゃない人が勝手に鍵を持ち出すことはないだろうけど、その気持ちは何となくわかる。


 扉を開けて中に入ると、いつも通り森本先輩へ挨拶を……できなかった。森本先輩の定位置にいたのは別の女子生徒だ。


「……ん? どうした、産賀……と岸本」


「あっ、いえ……おはようございます」


「ああ、おはよう」


 その女子生徒とはミーティング以外の日には見かけない副部長の水原みずはら汐留しおり先輩だった。緩い雰囲気の森本先輩とは対照的にシャキッとした雰囲気の人で、僕にとってはミーティングの際に時折声を聞くことはあったけど、まともに話したことはほとんどない人だ。


「どうした? 二人とも立ったままで」


「その、LINEに部室が空いてるって連絡が来てなかったんですけど……」


「……ああ、すまない。途中で別の連絡が入って、送信を忘れていた。以後気を付ける」


 そう言い終えた水原先輩はスマホを触ると、ようやくグループにメッセージが送られた。それを見た後、僕と岸本さんは適当な席に座る。その間も妙な緊張感が漂っていた。


「岸本さん、水原先輩とは話すことって……」


 首を激しく横に振る岸本さんも恐らくこの空気にどうしていいかわからないのだろう。別に怖い先輩ってわけじゃないけど、入部から3ヶ月経ってまともに話すのが初めての先輩がいると、どうにも物怖じしてしまう。いつもゆったりとした空気が流れているのは部長の席に森本先輩がいるおかげだったなんて、今日まで気付かなかった。


「産賀」


「は、はい!?」


 そんな風にいろいろ考えていると、いつの間にか僕の傍まで水原先輩が来ていた。さっきのLINEの指摘がまずかったんだろうか。人間誰しもミスがあるのに、僕の言い方は若干責める感じで……


「産賀とはまともに話してなかったな。改めて自己紹介する。2年の水原だ」


「えっ? あっ! ぼ、僕は1年の産賀良介です」


「知っている。沙良さらやソフィアたちは変なニックネームで呼んでるみたいだが、私は産賀と呼ばせて貰うよ」


「全然構いません!」


 なんだ。普通に気を遣ってくれるいい先輩じゃないか。だけど、緊張感が取れるわけじゃないから僕は少々大きな声で返事をしてしまった。


「岸本も歓迎会以来話せてなくてすまない」


「い、いえ。わたしは火曜日と金曜日にしか来ないので……産賀くんも」


「いいや、それならよく来ている方だ。私はミーティングしか顔を出せていないからな。文化祭前はもっと出席できるようにするつもりだが……」


 申し訳なさそう顔をする水原先輩を見た岸本さんは僕の方へ目線を向けた。たぶん、助けて欲しいサインだと察した僕は何とか話を続けようと考える。


「え、えっと……水原先輩は何か兼部してるんですか?」


「どうしてそう思った?」


「その……文芸部に来る暇がないからそうなのかと……」


「私が部活に来れないのは塾に通っているからだ。2年になってから行く日が増えて、場所が学校から少し遠いから部活に行っても中途半端な時間しかいられないと考えてな。最低限ミーティングだけ出ている」


「そうだったんですね」


「実は今日も塾があるから14時前には帰らないといけない。鍵閉めはお前たちか、後から来た者に任せるよ」


 水原先輩は夏休みでも勉学に忙しいようだ。そうなると、いつもお喋り中心の部活に行っている暇は本当にないのかもしれない。


「それと本題だ。今日、沙良から預かったものがある。二人に渡してくれと言われた」


 そう言って水原先輩が渡したのは短歌に関するプリントだった。夏休み前に言っていたから用意してくれたのだろう。しかし、僕はプリントよりも気になることがあった。


「今日ってことは……森本先輩も学校には来てるんですか?」


「沙良は……補講中だ」


「あー……期末テスト、あんまり良くなかったんですね」


「まったく……懲りないやつだ」


 水原先輩は飽きれた顔をする。ということは、森本先輩が補講を受けるのは恒例行事なんだろう。


「沙良が戻るまでは私が副部長らしく代わりに部室へ来ることになる。あまり長い時間いられないが、疑問点があったら聞いてくれ」


「代わりなんてそんな……水原先輩、改めてよろしくお願いします」


「わ、わたしもよろしくお願いします」


 水原先輩は僕や岸本さんが最初に思ったような恐れるような人ではなかった。むしろ、僕らのことを考えて今日も来てくれたし、雰囲気の通り真面目な人なんだろう。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 夏休みの文芸部の始まりは副部長と関わる新しいきっかけになった。

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