4月23日(金)曇り 岸本路子のお願い
「……産賀くん」
金曜に文芸部へ訪れるのは三回目となる今日。またしても部室に入る前に岸本さんに呼び止められた。ただ、今日の僕は緊張して扉の前で棒立ちしていたわけじゃない。
「こんにちは、岸本さん」
「何かあったの?」
「いや、むしろその逆で……とにかく入るよ」
扉を引くと、中にいたのは森本先輩と……森本先輩だけだった。
「二人ともようこそー……って今日はミーティングないよー?」
「そうだと思いました」
火曜に大勢の先輩方が来た時は扉の前でもわかりやすく騒がしかった部室が、今日は何の音も聞こえなかったのだ。あの日が僕たちのために集まってくれたということを喜ぶべきなのかもしれないけど、やっぱり部活として心配になってしまう。
「あー、そういえば火曜日に文芸部のグループに誘うの忘れてたわー というわけで、ウーブくんと岸本ちゃん、LINEのQRコード用意してー」
「う、ウーブくん?」
「みんなで話してたらそういう呼び方になってたー」
恐らくそのグループ内で僕たちの話も上がっていたのだろう。僕は準備が整ったスマホを渡すと、森本先輩は慣れた手つきで登録を終わらせた。
「よーし、ウーブくん招待したー 岸本ちゃんは……岸本ちゃん?」
一方、自分のスマホとにらめっこしたままの岸本さんは、先輩の呼びかけで顔を上げると、弱々しい表情になっていた。
「あ、あのQRコードってどこに……」
「岸本ちゃん……ウーブくん、見てあげてー?」
「岸本さん、まずホームに……」
意外だと思いつつ、僕は岸本さんの画面を見ながら指示をしていく。岸本さんは少し迷いながらも何とかQRコードを表示できた。
「あ、ありがとう。森本先輩、お願いします」
「はいはーい……OK、招待したー 火金のミーティングの有無はそのグループで送るからー 別に出席の返事とかぜずに見るだけ見といてー」
森本先輩の言葉に返事をして招待されたグループを見ると、既に何件か先輩方からの反応が来ていた。ミーティングに参加しなくても、ここでのやり取りは活発なのかもしれない。
「二人もLINE交換しといたらー? 同じ1年だし、何かと連絡することあると思うしー?」
「えっ?」
突然の森本先輩の提案に僕と岸本さんは同じ反応をした。岸本さんの方はわからないけど、僕には何かと連絡することはあまり思い付かない。それでもここでやめときますとは言いづらいから、僕は岸本さんに一応確認する。
「えっと……交換してもいいかな?」
「う、うん……お任せする」
それは操作を任せるという意味でいいんだろうかと思いつつ、僕は岸本さんともLINEを交換した。
そして、ミーティングがないなら特にやることもないので、僕は早々に部室を出ることになった。本番がまだ先だとはいえ、活動している実感があまりにもない部活だ。
「あ、あの……」
そんなことを考えていた僕に、同じく部室を出た岸本さんが話しかけて……暫く沈黙が流れた。そういえば、先週もこんな風に呼び止められた気がする。胸の前に手を置いた岸本さんは、一呼吸置いて喋り始めた。
「産賀くんは……」
「な、なに?」
「ミーティングがない日ってどうする予定?」
「それは……どうしようか悩んでるところかな。ミーティングがないなら無理に部室へ行く必要はないけど、入ったりばかりだから全く行かないのはどうかなって思ってる」
今日グループに入ったことで、ミーティングの有無が確認できるようになってしまったら、それは本当に悩みどころだった。僕の場合はそのまま幽霊部員になる可能性も否定できない。
すると、そう言った僕に対して、岸本さんは僕との距離を詰めながら言う。
「その……できればいいのだけれど」
「う、うん」
「火曜と金曜には……部室に来て欲しいの」
やや照れながら言い切った岸本さんの表情を見て、僕は少し固まってしまった。別に勘違いしているわけじゃないけど、そういう誘われる台詞を至近距離で言われるのは……なんかドキドキする。
それに気づかれたかはわからないけど、岸本さんは慌てて続きを話し出した。
「ぶ、文化祭用の作品を考えるために時間を取るなら部室がいいと思ってて、でも、その、1年生がわたし一人だと、どうにも気まずさがあるというか……」
「あ、ああ、なるほど……」
「べ、別に森本先輩と二人きりが嫌なわけじゃないの。ただ、まだ慣れないというか……」
「……わかった。火曜と金曜には顔を見せるようにするよ」
「い、いいの?」
「僕も作品を考えないといけないのは同じだから、一緒にやる人がいるとむしろありがたいくらいだよ」
実際、何か理由がないとやり始めるのも難しいし、今のところ僕は何のアイデアも思いついていない。書き始めるのは直前でいいにしても、ネタを練るのも大切な時間だ。
「あ、ありがとう。それじゃあ、今日はこれで……今度の火曜もよろしく」
「うん、また今度」
挨拶を終えた岸本さんは一目散に帰って行った。
こうして、文芸部として毎週部室へ行く理由ができた。
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