魔法少女のお仕事 2

 ダイヤモンドがゴキブリもどきを叩き、ホワイトリリーのために道をつくる。ホワイトリリーは空中を走って魔法使いたちの現れている路面を覗き込んだ。


 “ゲート”は必ず現れる魔法使いの特性と近似値にある。例えば、今回の場合は、路面の下、下水道が通っている場所だから、ゴキブリに似た魔法使いが現れたのだ。他にも魔法使いが火を操るのであれば、ライターの火などから現れ、重力を操ることができるのであれば、リンゴの木の下に現れる。


 ゲートを壊すには、ゲートのもととなったものを破壊するか、“ゲートキーパー”を倒す必要がある。


――さすがに下水道を全部壊すわけにもいかないし……。


「ダイヤモンド! ゲートキーパーを探して倒すんだ!」


「チェッ。そういうのはアイツが得意だったんだけど、なッ!」


 ダイヤモンドが剣を振るい、ゴキブリもどきの体を破壊した。


 ホワイトリリーはそのあいだにゴキブリもどきたちの軍勢の上を飛び、変わった個体がいないか観察した。数はどんどん増えていた。ホワイトリリーが来たときは7匹から8匹ほどだったのが、今は20匹近くのゴキブリもどきがいた。それらがすべてダイヤモンドに向かっている形だ。


 魔法使いは多くの場合、無作為に人を殺し、建造物を破壊するが、魔法少女のような高純度の魔力を持つものがそこにいると、知能が低ければ低いほど、そちらへ引き寄せられる傾向にある。おかげで一般人の犠牲は最小限に抑えられているが、ダイヤモンドがきつい状況にある。


 どう見ても彼女を襲う個体のなかには、“ゲートキーパー”がいない。


 “ゲートキーパー”は特別な個体なのだ。異界とのゲートを繋げるきっかけとなる個体なので、他よりも強く、見た目も変貌しているはずなのである。それがいない。


「まだいける!? ダイヤモンド!」


「いけるけど! あんまり長く戦いたくない! キモい!」


 ダイヤモンドはサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドにエネルギーをチャージした。その瞬間、無防備になった彼女のからだに魔法使いがかじりつく。ダイヤモンドは痛みに顔をしかめるが、やめない。ダイヤモンドは全魔法少女のなかでもトップクラスの耐久力を持つ魔法少女だ。これぐらいならまったく問題はなかった。


 そのとき、ゴキブリもどきのあいだを赤い影が走っているのを、ホワイトリリーが見つけた。


 他の個体より一回り小さい個体だが、他の個体よりずっと早い。ホワイトリリーは気付いた。――おなかのしたに隠れてたんだ!


「ダイヤモンド! 赤いのがそっちに行った! なんかする気だ!」


「チャージ13%!」


 ダイヤモンドが叫び、剣を下から上に振るった。ダイヤモンドの目が黒目の輪郭に沿って緑色にぼんやりと光り、髪先がふわりと浮いていた。刀身から波動のようなもの飛び出、ダイヤモンドにまとわりついていたゴキブリもどきに命中すると、ぶくぶくと泡立ったあと、その場でパンと破裂した。赤いゴキブリもどきは飛び掛かろうとした瞬間を、剣の餌食になった。余波ではなく、本物の一撃だ。この軌道上にいたゴキブリもどきたちは、上下から万力で潰されたような格好になっていた。明らかに体積が減っていた。


「ゲートは?」


「閉じたみたい。反応がない」


 ダイヤモンドが安堵の息を吐き、尻から地面に座り込んだ。「キツかった……。嫌がらせだよな、あれ」


「終わったようなことを言ってるとこ悪いんだけど、まだ二匹残ってるみたい」


 まだゲートの近くにいたので助かったらしい。仲間たちをすべて殺されたゴキブリもどきは、足のほとんどを失い、文字通り虫の息だったが、つがいなのか一緒になってその場から逃げ出そうとしていた。


 ダイヤモンドはため息を吐き、やれやれとばかりに肩をすくめた。


「でもさあ、なんで今なんだろうな」


「え?」


「アイツだよ。オブシディアン。なんで今やめるんだろうな」


ダイヤモンドが歩きながら零した。


「気持ちはわからないでもないけどな。疲れるし、危ないし、ていうか痛いし……。やめたいっていうの自体はわかる。アタシは思わないけど、そういう萌芽が自分のなかにもあるっていうのはわかる」


「でもさ、リリー。アタシの疲れたとあいつの疲れたは明らかに違うよな。あいつは疲れたっていうがグロッキーってやつじゃん。マジだよ。でもそれってずっとそうだった気がするんだよ。アタシやルビーが入ったときからさ」


「だからなんで今さら? って、そういうこと。確かにトライフェルトはやばかったけど、今までだってやばい敵はいっぱいいたろ。あいつはトライフェルトが敵の一部をつくりだしてるって知ったって言ってたけど、そういう系の敵だっていたぜ」


「どういうこと?」


 ダイヤモンドは斜め後ろを飛ぶホワイトリリーのほうを向いた。


「なんかあったんじゃないの。あいつ。なんかさ」


「なんか?」


「そそ。なんかなんか」


 ダイヤモンドはゴキブリもどきたちを見下ろした。必死で逃げようとする彼らに、ダイヤモンドは笑って言った。


「ごめんな。でも仕事だからさ」


 剣は振り下ろされた。


「ゲッ。赤いの飛んでんじゃん。変身解除したらとれるとはいえ、気分良くないよなあ……」

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