最終戦:大団円な件について

1.

 きらきらと、眩い朝日に照らされて。心地良い陽気に、台所からはふんふんと、愉しげな鼻歌が奏でられている。


 その奏者は、ぱちんとコンロの火を止め、

「よし、できた!」

 藤助は満足気に、ふふっと小さな笑みを漏らす。


 てきぱきと無駄のない動きで藤助がテーブルに食器を並べていると、リビングの扉が外側から開かれる。



「おはよう、藤助」


「おはようございます、天羽さん」



 にこりと笑みを添えて藤助は挨拶を返すが、一方の天羽は跋の悪い顔を浮かばせる。



「藤助、その、なんだ。できれば二人きりの時くらい……」


「あっ、そうですね。済みません、まだ慣れなくて」



 薄らと、頬に集まる熱をそのままに、藤助は軽く息を整え直すと、

「えっと、お父さん……!」

 刹那、藤助は背中越しに熱を感じ。続いて、首筋にふっと生温かい息がかかり……。



「グッドモーニング、藤ちゃん。パパのこと、呼んだ?」


「ぎっ……、ギャーッ!!?」



 盛大な悲鳴の後、どかん、ばきんと鈍い音が続く。藤助は手にしたフライパンを構えたまま、激しく肩を上下に揺さ振る。


 そんな藤助を宥めながら、天羽は彼の手からフライパンを取り上げ、

「藤助。気持ちは分かるが、フライパンは止めなさい」


「はい、済みません。あまりの嫌悪感に、つい……。

 あっ。天羽さん、またネクタイが曲がってますよ」



 ひょいと手を伸ばし、天羽の曲がったネクタイを直す藤助。だが、その横から、復活した桐実が顔を突き出す。



「いいなあ、それ、いいなあ。柳徳ばっかり、ずるーい。

 ねえ、ねえ、藤ちゃん。パパのネクタイも結んでよ」


「……いいですけど、そのまま首まで絞めちゃいそうで」



「それでもいいなら」と続けさせる藤助に、「お断りします」と。桐実は、瞬時にネクタイを引っ込めた。



「なんだよ、朝っぱらから騒がしいなあ」



 続いて、大きな欠伸をしながら梅吉が入って来るが、桐実の顔を見るなり声音を変え、

「あっ、おやじー! 週末にデートするんだけど、軍資金が乏しくて。だから、おこづかい、ちょーだい!」


「なに、それは大変だ。女性を喜ばせるのは、男の役目だからな」



 いそいそと紙幣を渡し、その流れで抱き着こうとする桐実。だが、梅吉はひょいと躱し、金だけもらうと口先ばかりで礼を言う。


 早速本日の収穫を勘定し出す梅吉に、藤助は呆れ顔を浮かばせる。



「もう、梅吉ってば。また桐実さんからお金をせしめて」


「だって、いくら嫌でも俺達の親父だぜ。上司と親は、残念ながら選べないからな。こんな変態親父でも、金だけは持ってるんだ。それだけがせめてもの救いだよなー」



 けらけらと笑声を上げる次男に、「ほどほどにしなよ」と、藤助は忠告を加える。


 そんなやり取りをしていると、今度は大柄な肢体がひょいと現れ、

「おはよう。今日も騒がしいね」


「あっ、はーるちゃん!」



 桐実は懲りずに桜文へも向かって行くが、桜文は自然な流れで飛び込んで来た桐実の襟元を掴むと、そのまま扉に向かって投げ飛ばす。


 どんっ――! と鈍い音が響くと同時、桜文は、はっと我に返るが時既に遅い。



「ちょっと、桜文! ドアが壊れちゃうだろう」


「いやあ、条件反射でつい。急に襲いかかられると、体が勝手に動いちゃうんだよなあ」


「もう、気を付けてよ。ただでさえ古くなって、あちこち壊れやすいんだから」


「そうだなあ。この家も随分と年季物になってきたことだし、ここらでリフォームでもしないか? 生憎ウチには、とっておきのスポンサーもいることだし」



 得意気に提案する梅吉の声を受け、

「おい。スポンサーって、もしかして俺のことか?」


 不機嫌な音とともに道松が入って来るが、今日もまだ始まったばかりだというに、眉間には既に皺が寄っている。



「なんで俺がリフォーム代を出さないとならないんだよ」


「なんだよ。居候なんだから、家賃の代わりにリフォーム代くらい払ってくれてもいいだろう。豊島家の次期当主様よ。金なんて、どうせ捨てるほど余ってるんだから」


「ふざけるな。誰が居候だ!」


「だって、お前はもう天正家の人間じゃないじゃないか。なのに、いつまでウチにいるんだよ。いい加減、家に帰れよな」


「うるせえなあ。どこで過ごそうが俺の勝手だろう」


「そうだよ、みっちゃん。好きなだけウチにいていいんだよ。パパが恋しいなんて、まだまだ子どもなんだからー」


「うるせえっ、気色悪い呼び方するんじゃねえ!」



 飛びかかって来た桐実を、道松は反射的に蹴り飛ばす。ふっ飛んでいく桐実の行方を見届けることなく、道松はその足で、どかっと乱雑に椅子へと腰を下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る