2.

 薄暗い公園内で鋭い瞳を燦爛と光らせている菊を前に、男は怪しく微笑んで見せ、

「どうかな? その手の者を使って調べさせたんだけど、真偽の程は。大体合ってるとは思うんだ」



 男は相変わらず胡散臭い笑みを浮かばせたまま、感想を求める。だが、菊が素直に応じる訳がない。


 代わりに菊は、ゆっくりと薄桃色の唇を開かせていき、

「……アンタ、誰?」

 そう訊ねる。


「あれ? そっかあ。僕のことを知らないなんて、思ってもいなかったな。

 うーん、自分ではそれなりに売り出したつもりだったけど、僕もまだまだ……ってことかな」



 男は一寸難しい顔を浮かばせ考え出したが、すぐに調子を取り戻し、

「まあ、いいや。そうだね、お互いこうして会うのは初めてだから。一応、自己紹介をしておこうか。

 僕は朱雀定光――、いや、朱雀というのは芸名であり、父の旧姓であり。本名は鳳凰ほうおう、鳳凰定光と言うんだ」

 よろしくと締め括ると、定光は菊に向かって手を差し出す。が、それはいつまでも宙に浮かべられたままであった。



「あれ? おかしいな。女の子なら、みんな喜んで握手に応じてくれるのに」


「……なんで芸能人がこんな所にいるのよ。それとも、ただのそっくりさん? からかってるの?」


「いやいや、僕は本物の朱雀定光だよ。それに、芸能人と言っても、昨日から芸能活動は休業中でね。だから、今はただの一般人、のつもりなんだけど……」



 本人の意思とは反対に、定光が弁明すればするほど、菊の眉間には深い皺が刻まれていく。そんな菊を前にして、困ったなと、定光はわざとらしく息を吐き出して見せる。


 だが、その行為は、反って菊の不信感を積もらせるばかりだ。定光はわざと菊のことを煽っているのか、彼の行動一つ一つに、彼女の神経は逆撫でられる。


 眉間に刻まれた皺をそのままに、菊は更に瞳を鋭かせる。



「それで。百歩譲って、アンタがあの朱雀定光だとして。一体なんのつもり? 人んちのこと、こそこそ調べて」


「『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』と言うだろう。敵の素性を知ることは、戦において基本だと思うんだけど」


「敵……?」


「……本当に、何も知らないんだね」



 定光は一瞬だけ、至極冷徹な面を浮かばせた。が、すぐに胡散臭い笑みを繕い直す。



「なんだか拍子抜けしちゃうな。知らないということは、もしかしたら幸福なのかもしれない。

 でも、僕は君達のことを知った時、思わず心が躍ってしまったよ。特に菊さん、君の存在は救いでもあった。だって、僕も父のように、鳳凰家の――、いや、憎き天正家の血を味わえる楽しみができたんだもの」


「さっきから、何を訳の分からないことばかり言ってるのよ。アンタの目的はなに?」


「目的、か。そうだね。僕の目的は、憎き天正家を潰すことだ。朱雀家と天正家の因縁を終わらせるには、どちらか一方を喰い尽くすより他に方法はない。

 そのための布石として、君が必要だ。ぜひとも僕のものになってほしい。それに、この話は君にも十分メリットがあると思うんだ」


「メリット……?」



 瞳を鋭かせたまま聞き返す菊に、定光は一拍置かせると冷やかな瞳を揺らす。嘲笑を帯びた唇をゆっくりと開かせる。



「ああ。特に君のことは念入りに調べさせてもらってね。例えば、先日起きたストーカー事件のこととか。気の毒だったね。君も、そして、三番目のお兄さんも。

 だけど、こういった事件は、決してこの前が初めてではなく、今までにも何度かあったようで。そして、おそらくこれからもきっと……」


「……一体何が言いたいの?」


「本当に君は資料通り、せっかちのようだね。それでは言わせてもらうけど。どの道君の存在は、天正家を滅ぼすことになると思うんだ。だけど、君には他に行き場なんて」



「どこにもないだろう――?」定光は菊の耳元に顔を寄せさせると、まるで幼子を宥めるように。冷やかな面とは裏腹、なんとも穏やかな声で囁いた。

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