第25戦:俺と異母妹の友達と元義理の弟の件について

1.

「えっ。クラスのクリスマス会だって?」



 話を聞くなり、ぽかんと間抜け面をさせる牡丹に、彼の前に立っている明史蕗は、軽く頷いて見せる。



「ええ、二十四日の夕方くらいからかな。場所は参加する人数が決まってから考えるけど、牡丹くんはどうする? 参加する?」


「クリスマスか……」



 もうそんな時期なのかと。一年が過ぎるのは、あっという間だと。時の移り変わりの早さに感慨に耽っていると、突然ぽこんと鈍い痛みが牡丹の頭を襲った。



「ねえ。ちゃんと話聞いてる?」


「聞いてるよ。ていうか、頭を叩く前に、先に口で言えよ」



 ぽんぽんと、丸めた教科書で叩いてくる明史蕗に、牡丹は非難の音を上げる。が、おそらく効果などないだろうなと、自分で言って置きながらも既に諦めている。



(クリスマスか……。去年までとは環境が違うからな。そう言えば、兄さん達はどうしているんだろう。

 芒がいるから、家でパーティーとかしてそうだけど。いや、ウチの経済事情だと、パーティーなんてできるのかな?)



 どうなんだろうと頭を捻らせていると、不意にぐるりと何かが首に巻き付いた。それが誰かの腕だと分かると同時、

「せっかくだから、牡丹、行って来いよ」


「梅吉兄さん!? いつの間に来たんですか」


「いつの間にって、今だよ。どうせ我が家のパーティーは、二十六日だからさ」


「へ? 二十六日って……。普通、クリスマスパーティーって、二十四日か二十五日に行うものだと思うんですけど。

 ていうか、二十六日って、世間はもうお正月の準備をしてますよね」


「そうは言ってもなあ。毎年クリスマスケーキを買っているパティスリーが、売れ残ったものを半額で売ってくれるからさ。ウチはそれに合わせているんだよ。

 それと、世間の常識が我が家の常識とは限らないもんだぞ」



 訳の分からないことを言い残すと、梅吉は教室を後にする。


 そんな兄に、牡丹は一体何しに来たんだと。思いながらも一つ深い息を吐き出す。



(それにしても)



「クリスマス、か」



 もう一度牡丹は声に出してみるものの、しかし。やはりいま一つ実感が湧かないと思う傍ら、窓越しに晴れ渡った空を見上げ、牡丹は口先で小さく呟いた。




 暗転。




 そんな空も、いつの間にかすっかり暮れ。牡丹は腹の虫を鳴かせながらも帰路を歩いて目的地まで辿り着くと、彼の足は急に軽くなる。


 その調子を維持させたままリビングの扉を開け中へ入ると、藤助が台所から顔を出した。



「おかえり、牡丹。ご飯なら、そろそろできるから」



「もう少し待って」と続ける藤助の元へ、不意に横から芒が軽快な足取りで寄って行った。そして、藤助に向かって何かを突き出す。



「藤助お兄ちゃん。はい、これ。サンタさんへのお手紙」


「サンタさんって……」



(芒ってば、この歳になってもまだサンタなんて信じているのか?)



 まだまだ子どもだなあと、二人の遣り取りを傍から眺めていた牡丹は、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべさせる。


 それから、その面を崩すことなく。二人の間に割り入って、

「なんだよ、芒ってば。まだサンタなんか……」



「信じているのか?」そう牡丹が後を続けようとしたが、それは咄嗟に出された藤助の手によって遮られてしまう。



「芒の書いたこの手紙、お兄ちゃんがちゃんとサンタさんに渡しておくから」


「うん、お願いね」


 芒はぴょんと片手を上げると、にこにこと満面の笑みで部屋から出て行く。


 そんな末っ子を見送ると、藤助はようやく牡丹の口を塞いでいた手を離した。


 ぷはっと久方振りに新鮮な空気を取り入れている牡丹を見つめながら、

「駄目だよ、牡丹。子供の夢を壊したりしたら」


「子供の夢って……。俺が芒くらいの頃には、とっくにサンタの正体を知ってましたよ。周りの子だって、もう知ってると思いますけど」



 そう牡丹が意見するが、藤助の顔色が変わることはない。



「それでもいいの。芒は信じているんだから。今のままでいいんだよ」



 頑なに言い張る藤助に、そういうものなのかと。牡丹は悩みながらも鞄を置きに部屋に行こうとリビングを出る。


 すると、

「牡丹お兄ちゃん」

と、なぜか階段の途中に座り込んでいた芒から声がかかった。



「駄目だよ、牡丹お兄ちゃん」


「駄目って、何が?」


「藤助お兄ちゃんは、僕がサンタさんはいると信じてるって。そう思って、必死に演出してくれているんだから」



「邪魔しちゃ駄目だよ」と淡々と言い聞かせる弟に、牡丹は間の抜けた面を浮かばせるしかない。



「なんだよ。やっぱり知ってたんじゃないか。けど、どうしてそのことを隠しているんだ?」


「だって、藤助お兄ちゃんは、いつまでも僕に子どものままでいてほしいって思っているから。だから、僕がとっくに気付いていることを知ったら、可哀想じゃない」


「可哀相、か。お前もなかなか大変だなあ」



 真ん丸の眼をさせている芒に、半ば同情するよう牡丹はそう返す。


 が、一方の芒は、

「まあね」

と、けろっとした調子で返す。



「これも子どもの務めだから。仕方ないよ」


「子供の務めねえ。それで。クリスマスプレゼントは、何をお願いしたんだ?」


「満月の首輪だよ。満月はお洒落だから。可愛いのが欲しいんだよね。

 ねっ、満月」


「満月のって……。満月のものじゃなくて、芒は自分の欲しいものはないのか? 玩具とか、ゲームソフトとかさ」


「僕は別にいらないよ」


「いらないって、随分とあっさりしてるな」


「だって、僕は十分満足してるもの。この現状に。玩具やゲームソフトがなくても普段生活するのに支障はないし、そういうものを欲しがるのは、現状に満足できてないからでしょう」


「そういうものかあ?」


「そういうものだよ。だって、満足できていたら、本来なら不必要なものをわざわざ欲しいなんて。そもそも思わないじゃない。

 でも、そんな空虚をお金で満たすことができるなら、それでいいと僕は思うよ。だって、世の中には、お金で買えないものだってたくさんあるんだから。もので満たすことができるなら、安いものだよね」



 にこりと屈託のない笑みをする芒に、ちっとも子どもらしくないと。自身の当時を思い返して比較してみるが、やはり弟の方が余程大人びていると。


 先程まで幼稚に思っていた自分がなんだか急に恥ずかしくなり。邪気の感じられない笑みを前にして、牡丹はただ苦笑いを溢すしかなかった。

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