4.

(紅葉さんを俺の方に振り向かせるには、やはりこれしか……。)



 方法はない! と、強く確信すると、萩は思い切り、牡丹の鼻先へと人差し指を突き付ける。



「勝負だ、牡丹――!!」


「はあ? 勝負って……」



 突発的にそう宣告された牡丹は、げんなりと眉を顰めさせた。


 けれど、そんな彼を置き去りに、萩は一人熱く燃えている。



「なんだよ、いきなり。勝負しろなんて言い出して」


「うるさい。いいから黙って俺と戦え!」


「だから、勝負って一体何で戦うんだよ?」


「えっ? ああ、うん、そうだなあ」



 萩は腕を組んで考え込むが、ふと横から、

「そりゃあ旅館と言えば、やっぱり卓球だろう」

と、飄々とした声が上がる。



「卓球か。それはいいな。よし、牡丹。卓球で勝負だ! ……って、今の声は?」


「梅吉兄さん! いつの間に」



 傍に来ていたんだろうと、疑問を抱いている牡丹等を余所に。当の本人は、相変わらずな調子で後を続ける。



「対決なんて面白そうじゃないか。どうせならみんなでしよう。この人数だから、そうだなあ。ダブルスにするか……って、人数は九人か。それだと一人余るな」


「九人ですか? 十人のはずでは……って、あれ。そう言えば、桜文兄さんはどうしたんですか?」


「桜文ならまだ風呂に入ってるぞ。アイツは長風呂だからなあ。しかも、他の旅行客の爺さん達の輪に混じって、一緒に満喫しているよ。

 まっ、その内来るだろうから、余ったやつが桜文とペアってことでいいか」



 こうして話も簡単にまとまり、準備が進められていく。が、予想外の展開に、牡丹と決着をつけるはずがどうしてこんな事態になっているんだと、萩は一人怪訝な面を浮かばせる。



(でも、ダブルスか……。

 紅葉さんとペアを組んで、目の前で牡丹をぼっこぼこにしてやれば。『キャー、萩さん素敵! 卓球、とっても上手なんですね。あそこで伸びている牡丹さんなんかとは違って、なんて頼もしいのかしら……! 私達、このまま人生の良きパートナーになれそうですね』なーんて思ってもらえる、絶好のチャンス――!

 ……のはずが……。)



 萩は、じとりと目を細め、

「あ、あの! 牡丹さん、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

 早速お守りの効果かしらと単純にも頬を真っ赤に染めている紅葉の隣に並ぶ、牡丹を恨めし気に睨み付ける。



(なんで選りにも選って、牡丹が紅葉さんとペアなんだよっ……!!)

と、彼は籤引き代わりの割り箸を思い切り床に叩き付けると、その場で激しく地団太を踏みまくる。



(そんでもって、どうして俺が……。)



「兄さん。私、コイツとなんか嫌。もう一回籤をやり直して」



(どうして俺が……って、)



「なんだと!? それはこっちの台詞だ!」



 菊同様、萩も揃って非難の音を上げるが、結局、取り合ってもらえることはない。



(くそっ、どうしてこんな展開になるんだ。紅葉さんとペアを組むはずが、牡丹の異母妹なんかと。

 だが、悲嘆に浸るのはまだ早い。)



 牡丹を叩きのめしてやりさえすればと、萩は気を取り直して意を決する。


 だが、それも、スコーンと気持ちの良い音が鳴り響いて、

「きゃあっ!?」

と、短い悲鳴が紅葉の口から発せられる。



「はうう。菊ちゃん、強いよ。

 済みません。また点を取られてしまって……」


「ただの遊びなんだし、気にするなよ」


「おい、牡丹の妹! 何をするんだ、紅葉さんが可哀相じゃないか。少しは手加減しろ」


「なによ、うるさいわね。手を抜いたら勝負にならないじゃない」


「だからってなあ。紅葉さんはお前と違って、か弱いんだぞ」



 萩と菊は顔を突き合わせ、ぎゃあぎゃあと内輪揉めを始める。


 すっかり試合どころではなくなっている彼等とは引き替え、隣の台からは、芒の、

「スマーッシュッ!!」

というかけ声が聞こえ、渾身の一球が見事に決まった。


 すると芒は、ぴょんぴょんと、その場で高く跳ねてみせる。



「わーい。やった、やった。勝ったー!」


「さすが、芒。得点王だな」


「ええ。おかげで僕は大分楽ができましたよ」


「それに比べて、お兄ちゃんコンビは情けないなあ。もう少し頑張れよな」



 にしし……と下卑た声を上げる梅吉に、道松はむすりと顔を顰める。



「うるせえなあ。風呂に入った後で、そう動けるかよ」


「そう、そう。卓球も結構動くからね。おかげで疲れたよ」


「おい、おい。何を言ってるんだよ。まだ一試合しかしてないじゃねえか。

 なあ、芒」


「うん。藤助お兄ちゃん、お菓子あげるから元気出して。僕、部屋から取って来るね」


「部屋からって、あの部屋に芒一人で大丈夫?」


「うん、平気だよ」



 芒はけろりとした顔で、とたとたと、一人卓球ルームから出て行った。


 すると、芒と入れ替わる形で、代わりにのそのそと大きな肢体が入って来た。



「なんだ。みんな、こんな所にいたのか」


「おっ、桜文。やっと出て来たか。いくらなんでも入り過ぎだぞ。顔が真っ赤じゃないか」


「いやあ、気持ち良くてつい。ふうん、卓球かあ」


「丁度こっちの台の試合が終わった所だ。お前もやるだろう? ちなみにダブルスで俺とペアだからな」



「ほれ」と、梅吉からラケットを渡された桜文は、ぶんぶんと、その場で軽く素振りをする。


 しかし、その拍子に、彼の手の中からラケットがすっぽ抜け、近くの壁へと激突した。



「うおっ、危ないなあ。おい、気を付けろよ……って、桜文?

 あのさ、お前。まさかとは思うが……」



 梅吉はその先を続けようとしたが、突然、横から割って入って来た、

「おーい」

という、間の抜けた声によって遮られる。

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