第17戦:家族旅行ですったもんだあった件について

1.

 晴れ渡った空の下――……。


「おー、なかなか良い所じゃないかー!」

と、新鮮な空気を肺に取り込ませながら、梅吉は燥いだ声を出す。


 先程から目に飛び込んで来るのは、緑、緑、緑の、緑一色の光景で。山に囲まれた旅館を前に、背筋を大きく伸ばしている。


 その隣で、牡丹はきょろきょろと辺りを見回しながら、

「話には聞いていましたが、でも、まさかこんな山奥だったとは」


「うん。随分と長い時間、バスに乗っていたからね」



 牡丹に釣られるよう藤助は後ろを振り返り、来た道を見返すが、果ての見えないその景色に、緑の深さをより実感する。



「いいじゃねえかよ、自然が満喫できて。

 んー、空気が美味しいなあ」


「はい、本当に気持ち良いです。でも、随分と急な話ですよね。いきなり梅吉兄さんが、『旅行に行くぞ!』なんて言い出した時は、何事かと思いましたよ」


「なに、細かいことはいいじゃねえか。せっかくもらった旅行券だ。使わないと損だろう?」


「そうですけど、その旅行券って、『幸せ家族策略』の賞品なんですよね」


「ああ、そうだ。こうしてゆったりと温泉旅行できるのも、賞品に旅行券を選んだ芒のおかげだ。

 という訳で、皆の者。ちゃんと芒に感謝するように」



 ふふんと鼻息荒く踏ん反り返る梅吉に、

「なんでお前が偉そうにするんだよ」

と、道松は平常以上に眉間に皺を寄せさせる。



「なんだよ。だから、細かいことはいいじゃねえか。なあ、芒」


「うん! それより早く中に入ろう」



 ぐいぐいと腕を引っ張り出す芒に、藤助は仕方がないとばかり。落ち着いた調子の声で、

「こら、芒。そんなに慌てないの。他にもお客さんがいるんだから、騒いだら迷惑だろう」


「だってえ……!」



 ぷくうと風船みたく、頬を膨らませる末っ子を眺め。桜文は、ははっと軽快な笑みを溢す。



「でも、芒が燥ぐ気持ちも分かるよ。こんな風にみんなで出かけるのなんて、初めてだからね」


「へえ、そうなんですか」



(そう言えば、俺も遠出なんて。部活の合宿以外では久し振りだな。)



 なんて。牡丹は少しばかり感慨に耽ってしまうが、その矢先。ふと視界に入った光景に、じとりと目を細めさせる。


「……で、どうして萩までいるんだよ?」

と、隣で盛大な欠伸をしている萩を牡丹は軽く睨み付ける。


 けれど、一方の萩は飄々と、未だ眠気の残る眼を擦っている。



「どうしてって、お前の兄貴が朝早くにウチに押しかけて来て。一緒に来いと強引に連れて来たんじゃないか」


「いやあ、なに。じいさんが、急な出張で来られなくなっちまって。かと言って、キャンセル料を払うのも、もったいないだろう」


「それはそうですが、だからって何もコイツでなくても……」



 梅吉の言い分は分かる。だが、牡丹は素直に納得することができない。むすうと眉間に皺を寄せる牡丹の脇から、今度はひょいと新しい顔が飛び出した。



「あの、本当に私まで良かったんですか? せっかくの家族旅行なのに、旅費まで出してもらっちゃって」



 戸惑っている紅葉に、藤助は、気にしないでと優しく声をかける。



「寧ろ来てもらって良かったよ。でないと、女の子は菊だけだから。お風呂も部屋も一人になっちゃうからね」


「そうですよ、紅葉さん。何も気にすることなどありませんよ」


「その通りだけど、なんでお前がしゃしゃり出て来るんだよ」


「まあ、まあ。だから、牡丹ってば、細かいことは気にするなよ。

 それより、芒も待ちくたびれていることだし。早く中に入ってゆっくりしようぜ」



 こうして仲居さんを先頭に、天正家一行はぞろぞろと長い廊下を進んで行く。とある部屋の前に到着し、襖の先の中の様子に、誰もが感嘆の声を上げる。



「おー。広いし綺麗で良い部屋じゃないか」


「お気に召していただき光栄です。ですが、あの……。万が一何かあっても、当旅館では一切の責任は……」


「ああ。そのことなら大丈夫ですよ」



 仲居さんの鬱蒼とした面持ちとは裏腹、梅吉はけろっとした顔で、気にしないでくださいと、軽く言う。


 しかし、その場から遠ざかって行く彼女の挙動不審な様子に、藤助は首を傾げさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る