2.
「さあ、始まりました! 幸せ家族策略!! 今夜はなんと、生放送・三時間スペシャル。果たして、今宵も幸福の訪れる家族は現れるでしょうか」
――と、テレビ局のとあるスタジオでは、軽快な音楽と共にオープニングが流れ出す。
そんな華やかな表舞台を、俺は薄暗い舞台袖から覗き込む。
緊張している俺とは反対に、梅吉兄さんは、
「ははっ、俺達の出番はまだまだ先だ。気楽に構えようぜ」
と、いつも通りだ。能天気な様子で俺の背中を景気良く叩いた。
そんなこんなで、収録も順調に進んでいき――。
「二番目のご家族の挑戦も、残念ながら失敗に終わってしまいました。
続いて、エントリーナンバー三番の天正家のみなさんの挑戦となります」
と、俺達天正家の面々は、ようやくスタジオに呼ばれた。
「それでは、ご家族のご紹介の方に移りましょう。みなさんは、八人兄弟なんですよね。すごいですね。今の時代、なかなかいませんよね」
「あはは。兄弟といっても、みんな母親はバラバラですけどね」
「えっ? バラバラということは……」
「はい。俺達、異母兄弟なんですよ。親父が異常なほどの浮気性でして。母親は揃って他界していて、そんで問題の親父は行方不明。なので、親父の知り合いに引き取られて、兄弟仲良く一緒に暮らしているんです」
「困った親父ですよね」と、梅吉兄さんは軽快に笑うけど、一方の司会者は苦い顔をしている。
見かねた藤助兄さんが、梅吉兄さんを肘で小突いた。
「ちょっと、梅吉。司会の人が反応に困ってるだろう」
「そんなこと言ったって、本当のことなんだからしょうがないだろう。
あの、済みません。ちょっとカメラをお借りしてもいいですか?」
「え? ええ、構いませんが……」
「ありがとうございます。ほら、牡丹。今がチャンスだ」
「は、はい」
ぽんと梅吉兄さんに肩を叩かれ。俺は一瞬分からなかったが、兄さんの意図に気が付くと小さく頷く。
すうと息を吸い込み、そして。
「い……、いつまでもふらふらしてないで、いい加減、帰って来いよ、馬鹿おやじーっ!!!」
と、カメラに向かって思い切り叫んだ。
しんと静まり返っているスタジオで、ぜいはあと俺の呼吸の音だけが小さく響き渡る。
「済みません、ありがとうございました。いやあ、弟がどうしても親父に会いたいって、常日頃から思い耽ってるものですから。
それと。こんな俺達を慰めてくれる、可愛い女の子も絶賛募集中!
あっ、お父さん達も一緒にどうですか? 先程の奮闘している様子、良かったと思いますよ。それに加えて経済力でもアピールして、仕事の疲れを癒してくれる素敵な愛人でも……って、いたっ!? おい、藤助。何すんだよ」
しかめっ面をさせている藤助兄さんが、梅吉兄さんの耳を思い切り引っ張る。
「生放送の全国ネットで、恥ずかしい真似をするんじゃない! それと、他の家庭を崩壊させるような助長をするな。この番組の主旨を覆させるなよ」
その上、
「おとなしくしないと、しばらく夕飯抜きにするよ」
と、天下の宝刀を抜いた。
「ははっ、天正家は大変にぎやかですねえ。お父さん、早く帰って来てくれるといいですね……。
それでは、気を取り直しまして。みなさんのご希望の賞品はこちらになります」
司会者の声に合わせ、スタジオの隅の方には賞品が載せられた台が運ばれて来る。
まだ耳を引っ張られている梅吉兄さんが、それを指差して、
「藤助、分かったから、分かった。ほら。お前の欲しがってた掃除機だぞ」
「もう。そんなのでだまされないぞ……って、あーっ! 夢にまで見た、ダイリンのサイクロン式掃除機だーっ!!
あ、あの! 少しだけ試してみてもいいですか?」
「ええ、いいですよ。ぜひお手に取ってみて下さい」
「うわー、すごい、すごいっ! いくら使っても、本当に吸引力が変わらないや。コードレスだし、これで少しは家の掃除が楽になるぞ」
「そうでしょう。こちらの製品は、主婦の皆様必見のおすすめ商品なんですよ」
「いいな、いいな……!」
藤助兄さんの意識は、完全に掃除機へと移ったようだ。
「みんな、絶対にゲットしような!」
と、兄さんは人一倍きらきらと瞳を輝かせる。
そんな一人やる気に満ち溢れている藤助兄さんを余所に……。
「やっぱり藤助ってさ、華の男子高校生としてちょっとずれてるよな」
「はい。あんな嬉しそうな藤助兄さん、初めて見ました」
「たかが掃除機に、あんなに目を輝かせるなんて。弟の教育、間違えたような……」
「それよりも、俺はプレッシャーが……」
「そうですね。兄さんのためにも、どうにか賞品を獲得しなければ……」
と、小さな円を作り、ひそひそと囁き合う俺達は、自然とプレッシャーをかけられていた。
「ええいっ、プレッシャーがなんだ!
いいか、皆の者! なにがなんでも、絶対に百万円をゲットするぞ!!」
「おおっ、すごいやる気ですね。えー、それでは、天正家のチャレンジスタートです!
さて、最初のゲームはこちら! 野球式的当てゲームになります」
司会者の話によると、機械から発射される球をバッドで打ち返して的に当てるという単純なゲームで。十球以内に、的である九枚のパネルの内、三枚打ち落とせばチャレンジ成功だそうだ。
ゲームへの参加権は一人一回限りなので、誰がどのゲームを選択するかも勝敗の分かれ目になりそうだ。
「どうする? 的当てか。やはり始めはバラエティ番組らしく、王道で来たか。こういうのは、最初が肝心だからなあ」
ぐるりと互いが顔を見合わせる中、藤助兄さんが司会者に向かって手を上げ、
「あの、済みません。ボールを打つ時、そこに用意されているバッドを使わないといけないんですか?」
と、問いかける。
俺もだけど、司会者は首を傾げさせ。
「基本的にはそうですが、何か問題でもありましたか?」
「いえ、そのう、バッドの代わりに、フライパンを使っては駄目ですか?」
まさかの藤助兄さんの発言に、司会者は目を点にさせた。
「えっ、フライパンですか? ええと、どうしましょう……。えっ、面白そうだからオッケー? 前番組のお料理番組で使ったものがあると。
フライパンでも大丈夫だそうです」
「それなら、まずは俺からいくよ」
番組側からオッケーが出て、藤助兄さんは一歩前に進み出る。フライパンを手にすると、コンコンと軽くボールを使って打ち慣らしをする。
「おい、藤助。大丈夫そうか?」
「ああ。丁度、いつも家で使ってるメーカーと同じだから。手にしっくり馴染むよ」
「それでは、準備の方はよろしいですか? 今回の的当てゲーム、バッドではなくフライパンを使っての挑戦となります。前代未聞。果たして、この選択は吉と出るか凶と出るか。それでは、天正家の最初の挑戦スタートです」
「それじゃあ……、まずは、真ん中の五番!」
機械から発射された球にタイミングを合わせ、藤助兄さんは腕を大きく振り回した。
瞬間、カコーンと球はフライパンの中心に当たり、甲高い音がスタジオ中に響き渡る。球はそのまま真っ直ぐに、五番のパネルに直撃すると同時、ぱたんと後ろに倒れ落ちた。
「あ……、当たりました……。一球目、宣言通り五番のパネルに命中です!」
続けて、二球目、三球目も、藤助兄さんの宣言通りの所に命中し――。
「天正家の一回目のチャレンジ、ストレートでクリアです!」
「わーい! やった、やった、サイクロン掃除機だ!!」
「さすが藤助。見事なフライパン捌きだったな」
「いや、フライパン捌きって……」
「思い切り用途を間違ってますよね」と、つっこむ俺の声など、誰の耳にも届かない。
ただ目の前の勝利に対し、みんな貪欲にも喜びに浸っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます