5.
夕方になり――。
「ただいまー……って、どうしたんですか? この弁当の山は」
帰って来て早々。食卓のテーブルに置かれている弁当の山に、俺は首を傾げさせる。
くるりと辺りを見渡せば、道松兄さんと藤助兄さんが同時に深い息を吐き出した。
「どうしたもこうしたも、全部この馬鹿の所為だ」
じろりと梅吉兄さんをいつも以上に鋭い瞳で睨み付けながら、道松兄さんは本日の一部始終を説明する。
「ったく。ちょっと目を離した隙に、勝手に置いていきやがって。これ全部持って帰って来るの、どんなに大変だったと思うんだよ」
「ああ、それで……。道理でみんな、やたらと食べ物をくれると思ったよ」
と、続いて帰って来た桜文兄さんも、数え切れないほどたくさんのパンを両手に抱えていて。どさどさとテーブルの上に置いた。
「もう、桜文まで。もらって来ないでよね」
「だって、後輩達が何も言わずに受け取ってくれって。あんまり必死に言うもんだから……。それに、てっきり買い過ぎて、食べ切れなかったからくれたんだと思ったしさあ」
「ちぇっ、なんだよ。せっかく良いアイディアだと思ったのによう」
「もう、人にものをたかるなんて。恥ずかしいだろう。
取り敢えず、返せるだけは返したけど。問題は、桜文のもらってきたパンと、道松の机に勝手に置かれていった弁当か。名前も書いてないから、返しようもなかったしね。
捨てるのももったいないから、今日の夕飯はこれで済まそうと思うんだけど」
ちらりと視線を向ける藤助兄さんに、俺達はそろって頷いた。
「そうですね。これだけ量があれば、充分だと思いますよ」
「取り敢えず、日持ちするパンは後回しにして。先に弁当からだな」
そう話がまとまると、梅吉兄さんを筆頭にそれぞれ適当に弁当箱を手に取る。
だけど、一人だけ……。
「おい、ちょっと待て! 俺は絶対に嫌だからな。そんな誰が作ったかも分からないものを食べるなんて!」
誰もが弁当に手を付けていく中、道松兄さんだけが、きゃんきゃんと声を上げた。
「なんだよ、道松ってば。小さいことばかり気にして。これだから神経質な長男坊は。別に良いじゃねえかよ、わがままだなあ」
「わがままとか、そういう問題じゃないだろう!」
「はい、はい。道松の分も、芒の分のついでに一緒に作ってあげるから」
「藤助お兄ちゃん。僕もこのお弁当でいいよ」
「芒は駄目。お腹を壊しちゃうかもしれないだろう」
「おい、藤助。何気にお前も失礼だな。ていうか、俺達は腹を壊してもいいのかよ?」
薄情だなあと、梅吉兄さんは、じとりと藤助兄さんに視線を送ったが、藤助兄さんはにこりと笑い。
「だって、作ってから、かなり時間が経ってるだろう。もし傷んでいるものを芒が食べちゃったらどうするんだよ。その点、梅吉と桜文は何を食べても平気だしさ」
「俺達はハイエナかよ。ったく、芒と菊には甘いんだから……って、そういやあ、菊はどうしたんだ? まだ帰って来てないよな」
「菊なら今日は紅葉さんの家に泊まるって。さっき連絡があったよ」
「ふうん、そっか。それは丁度良かったな、この有様を見られずに済んで」
「全く、本当だよ。こんな所を見られたら、絶対に菊に気付かれちゃうだろう」
藤助兄さんは気楽にも弁当を掻き込んでいる梅吉兄さんに、またしても深い息を吐き出した。
「んっ、この弁当、なかなかおいしいじゃねえか。藤助には負けるけどな」
「このお弁当は、全体的に味が濃いですね」
「これはキャラ弁ですね。手が凝ってますよ」
「本当だ。へえ、犬と猫のお握りか。可愛いな」
「でも、なんだか夕飯を食べてる気がしませんね」
「弁当のおかずなんて、そんなもんだろう」
「……お前等、よく平気で食えるな。そんな得体の知れないもの」
「得体の知れないものって……。そんなに気にすることですかね。道松兄さんだって、外食くらいしますよね?」
「それとこれとは話が違うだろう」
怪訝な面をしている道松兄さんに、そうかなあと俺は思うものの。それ以上言っても頭の固い兄さんのことだ。折れることはないだろうとあっさりと諦め、引き続き弁当に口を付ける。
だけど。
「……ん? どうした、牡丹。もう食わないのか?」
「いえ、なんだか心苦しくなってきて。この弁当、本当は道松兄さんに作ったものなのに。本人じゃない人間が食べてしまうのはちょっと……」
今更ながらにその事実を思い出し、俺は思わず箸を止めてしまう。
だけど、梅吉兄さんは、
「気にするなよ」
と、さらりと言う。
「コイツなんて、もっと最悪だぜ。バレンタインでもらったチョコだって、平気で他人にやるくらいだからな」
「仕方ないだろう。あれだけの量、一人で食べ切れるか。しかも、市販のものならまだしも、手作りなんて尚更だ。
なんでプロでもないのに、わざわざ時間をかけてまで作ろうとするんだろうな。既製品の方が、うまいに決まってるのに。
おまけに下駄箱にも平気で突っ込んで……。食べものだぞ、不衛生だ。俺には気が知れん」
「……お前、それ、絶対に女の子の前で言うなよ。下手したらボコボコにされるぞ」
「なんでこんなやつがモテるんだよ」と、梅吉兄さんはぶつぶつと愚痴を溢しながらも、次の弁当へと手を付ける。
そんな兄さん達の様子を遠目から眺めながら。なんだか思っていた節約生活とは程遠く。だけど、結局はむなしい夕食だと。俺は再び箸を手に取りながら、ひっそりと一人思うのだった。
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