4.

「菊!? どうして戻って来るんだ。いいからお前は下がってろ。危ないだろう!」


「何言ってるのよ。どう考えても、危ないのはアンタの方じゃない。なによ、そのへっぴり腰は」


「そんなこと言ったって、相手は本物の凶器だぞ。そんなのを持った相手となんて、戦ったことある訳ないだろう! って、うおっ、危なっ……!?」



 すっかり蚊帳の外にされたストーカーは、先程よりも興奮した様子で俺に襲いかかる。ぶんぶんと鋭い閃光が、俺の周りを何度も行き来する。


 背筋には自然と冷汗が浮かび上がり、その所為でシャツがべったりと肌に張り付き気持ち悪い。手汗で竹刀が滑り落ちそうになるが、それでも俺はぎゅっときつく握り締める。


 守らなきゃ、守らないと。でも、どうして? 桜文兄さんに頼まれたから?


 ああ、多分そうだ。いや、それもあるけど、でも。きっとそれだけではない。


 だって、コイツは……。コイツは、俺の――。


 俺の中で、一つの答えがまさに導かれようとした、その刹那――。


 俺の横を一筋の風が吹き抜け、頬を撫でる爽やかな風に呆気に取られてしまうと同時。その神風の正体である菊の片足が、スッ……と天に向かって綺麗に伸び上がる。


 その光景に思わず見惚れてしまったことが、おそらくストーカー犯の敗因だろう。菊の足先は見事ストーカーの右手に直撃し、カッキーン……! と、甲高い音を辺り一帯に強く鳴り響かせる。ナイフはいくつもの弧を描きながら天高く飛び上がり、そして。宙の一点で止まると、そのままカランッと地面へと転がり落ちた。


 呆然と、ナイフの軌跡を眺めていたストーカーであったが、異様な殺気を感じ。慌てて振り向くが、時既に遅く。続けて男の鳩尾に一発、菊の渾身のストレートが抉り込むようにして炸裂した。



「き、菊さん……?」



 ぱちぱちと、俺が瞬きを繰り返す中。ストーカーは、ごほっと腹から気の抜けた声を出す。それから、ずるりとその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。


 その一瞬間の出来事に、俺の思考はついていかない。現状を把握し切れずに、呆然と立ち尽くすばかりだ。


 だけど、いつまでも棒立ちになっている俺を、菊はきっと瞳を細めて睨み付け。



「ちょっと、余計なことしないでよ! アンタみたいなのが手を出したら、反って面倒なことになるじゃない」


「なっ……! お、俺は、お前を心配してだなあっ……!!」


「だから、それも含めて余計なお世話だって言ってるの! そんなこと、誰もアンタみたいな変態で弱いやつになんか頼んでない!」


「くっ……! なんだよ……、なんだよ、二言目には、いつも文句ばかり言いやがって……。

 大体俺は、桜文兄さんに頼まれたからで、兄さんがお前のことを心配して……。

 ああ、そうだよ。兄さんの言う通り、たとえお前が俺のことを嫌いでも、半分しか血が繋がってなくても、それでもお前は俺の妹だ! 人の顔を見れば、『変態、変態!』って、そればっかりで。おまけに生意気で、ちっとも可愛げもない。

 俺だってお前のこと、ちっともそんな風には思えないけど、でも……。それでもやっぱり、お前は、俺の妹なんだよ――!!」



 俺は息を荒げさせ、思うがまま、一気に捲し立てる。興奮からか顔は真っ赤に染まり、ぜいはあと肩を激しく上下に動かす。


 だけど……。



「……誰が誰の妹だって? 私はアンタみたいな変態、兄だなんて。これっぽっちも認めてないから」


「なっ……!??」



 菊はじとりと俺を見据えると、呆気なくも。ふんと首を大きく回して、そっぽを向いた。


 そんな菊の態度に、俺はぶつけようのない怒りを覚え。ふるふると、拳を大きく震わせ、そして。


 可愛くないやつ――!


 茜色に染まっていく空に向かい、心の中で思い切り叫んだ。

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