第122話霧中。

 サリュウと女性はうっすらとただよう白い霧の中を並んで歩いていた。

 

 門へと続く街道をふさぐようにすべての人や馬たちが意識のない眠りの中に落ちている。


 その隙間を縫うように王都の南門に近づいていくと、霧は濃さを増して視界を白く染めあげていった。



「……まずいわね」


 王都の南門前に着くと女性はそうつぶやいた。


「この霧のことですか?」

「ええ……。私が考えていたよりも状況がよくないかもしれない」

「あの、それはどうい……」

「少し待って」

 

 門には馬車などが通れる大門と手荷物のみの通行者用の小門があり、女性は小門の扉に手を沿えると呪文のような言葉を紡ぐ。


 女性の手が淡く光り始めると、扉の向こう側からギーッギギーッギギーィと木の擦れる音が響きはじめ、「ゴトッ」と扉の向こうから音がする。


「これで中に入れるわ」

「あの……いまのは」

「これはちょっとした扉を開けるおまじないよ」

 微笑を浮かべると女性は扉を押し開けて中に入っていった。


 サリュウも女性に続いて中に入ると、侵入者を易くは通させない厚さと堅牢さをうかがわせる扉が目についた。潜った門の先には、それを固定する役目を担っていた図太いかんぬきが横たわる。


「すごいですね」

「ふふ、伊達に長生きはしていないのよ」

「長生き、ですか?……いえ、そうですね」

 

 サリュウは女性の言葉に少し違和感を覚えたものの、女性の年齢を聞くものじゃないなと頷きながら流すことにした。


「さぁ、面倒が起こる前に急いで始まりの木に向かいましょう」

「面倒っていうのは……それにさっきも状況がよくない、とか」

「そうね。歩きながらにしましょう。今は時間が惜し、い……っ!?」


 サリュウは不意に言葉をとめた女性の視線の先に顔を向ける。そこには、空中を漂う霧がねじられたかのように動き出しては一点に収束していく様子が見えた。


「遅かったみたい……。サリュウくん剣を抜いてッ」


 女性の言葉に戸惑いながらも、サリュウは腰に携えていた剣を鞘から引き抜いて構えた。


「来るわよっ」


 一点に収束した霧は途端に広がり、異形の魔物となって顕在した。


 現れた滲むような赤い両目でサリュウを捉えるとすぐさま鋭い鎌のような両腕を振り上げて突進した。


「っ!?……そんなに強くない、のか?」


 振り下ろされた鋭い鎌のような両腕を構えていた剣で受け止め、力を込めて振り払う。


 サリュウの勢いに魔物は両腕が後方に引っ張られるように態勢が崩れ、その隙をついて横凪一閃。


 魔物は胴体を両断されると体がずれて霧散した。


「ふー……。驚きました。いまのが面倒の正体なんですね」

「ええ。王都を護る壁のせいね。霧を広範囲に拡がるのをとどめてしまったから魔物の出現が速まっているみたい。早くしないと始まりの木に近づくことすら難しくなるかもしれないわ」

「そんなッ!?じゃあ眠ってい人たちはっ」

「!……そうね、けれど大丈夫よ。幸いなんだけど、この魔物は眠りについている人には襲い掛からないの。さぁまだ対処できるうちに向かいましょう」


「はいっ」


 視界が白くなっていく王都内を慎重に、それでいて迅速に二人は始まりの木へと向かっていった。


 


 他方その頃、ボーセイヌとシャリーヌは窮地に陥っていた。

「…ッ……引くぞ。やつは危険すぎる」

「……だめッ、リアスを置いていけないっ」

「ッチ、シャリーヌッ」

「わかってる。……アクアキャノン」

 指先に高濃度の魔力が収束させると、瞬時に、背丈を超える巨大な水球を打ち出す。

 対象に巨大な水球が直撃すると、大きく吹き飛び、轟音が響く。巨大な魔物は中央通りにある商店の一角の壁をぶち破って姿が見えなくなった。


「そいつは俺が背負うッ シャリーヌは先導しろ。お前は付いてこい、逃げるぞ!!」

「こっちよっ」

 ボーセイヌたちは、急いで中央広場から離脱して住宅街にむけて駆け抜けていく。


 そうして幾つめかの角をまがり、目についた石造りの集合住宅の一室に侵入して、一行は一息をついていた。



「……ふぅ、っち」

 不意に痛みが走り、舌打つ。


 きこえた少女の悲鳴にシャリーヌと顔を見合わせたあと全速力で駆け出して、戦いに乱入した。

 

 そこには巨大な魔物から、今にも攻撃されそうな少女の姿があった。

 

 咄嗟に牽制の魔法を放つシャリーヌと駆けだしたボーセイヌ。間一髪少女を突き飛ばす形で、かわりに巨大な魔物の一撃を受けていたのだ。


 シャリーヌの牽制のおかげもあったのだろう。


 なんとか逃げだすまでの間は体を動かすことができていた。けれど、落ち着けば思い出したかのように痛みだけが増していく。

 そんなボーセイヌの歪む表情に先ほどの様子を浮かべたシャリーヌは声を掛けた。


「あなた大丈夫なの?」

「大丈夫だとは言い難いな……」

「診せて、手当をするから」

「すまない」


 魔法を含めての手当が功をそうしたのか、痛みはいくらか引いていく。


「……あんなものまでうろついているとはな」

「そうね。これからはうかつには動けないわ」


 そうして二人は現状を確認しあいながら、霧が立ち込め始めた当日のことを振り返っていた。


 

 霧が立ち込めた日。


 ボーセイヌはゲームの知識から、始まりの木になにかヒントがあると考えて向かうことを提案。シャリーヌもいまはどこへとなく歩きまわるよりはマシだろうと了承した。

 

 始まりの木に向かう途中にも周囲の状況に進展はなく、ただただ、霧がたちこめていて、それは静かなものだった。


 眠りについた街を横目に、無事に始まりの木へ。


「始まりの木にはついたけど、ここに何かあるの?」

 シャリーヌの疑問にボーセイヌは曖昧にかえした。


「とぉーぅーちゃーくぅ」


「……ここに木の精霊がいるという話は知っているか?」

「木の精霊?そういえば屋敷を出た所でもそんなことを言っていたわね」

「ああ、そうだな。知っているとは思うが精霊とは世界のバランスを保つ存在になる」

「そうね、そう学んだわ。全部で八種類。火、水、風、地、雷、木。それに光と闇。それぞれに精霊がいるとされているわ」

「そうだ。ちなみにだが、オレに見えているのは闇の精霊になる」


「やみゅーなのー」


「……ヤミューと本人は名乗っている」

「ヤミュー……」


「きぃはねーきぃなのー」


「それと精霊ごとに名前があるんだが、この辺は個体差のようだ」

「随分と詳しいけど……それも闇の、ヤミューからなの?」

 

 前世の記憶のなかにあるゲーム知識なんだが、この際、闇の精霊ヤミュー様のおかげにしておいた方が、のちのちの面倒もないか。


「その通りだ」

「わかったわ。それで調べにきたのね」

「あぁ、少し時間をくれ。シャリーヌも何かないか探してみてくれ」

「そうね」


ボーセイヌは始まりの木に向かって歩き出し、シャリーヌは周囲を観察しながら始まりの木に向かって少しずつ見るべき場所を狭めていった。


……オレでも現れるだろうか。いや、今はやるだけやるしかないな。


「光り輝かんことを」


なにも起きなかった。


「だめか」


「くすくす くすくす くすくす」


これ見よがしに「くすくす」と口にだすのはヤミューだ。何が楽しいのか、こちらを見ては、くすくすとしている。


「うふふふ」

「こいつ……」

 

 だめだ、こいつに構っていてはいらっとするだけだ。


 結局、始まりの木にはなにもなく、その場を後にした。


異変があったのは、その日の夕方を過ぎた辺りだろうか。一度屋敷に戻ろうと帰路についた頃になる。


 突然に空中に渦が発生したかと思うと魔物が出現して襲われた。それは、両腕が鎌のような魔物だったが強くはなく二人で一撃ずつ入れると霧散していた。


 そこからは徐々に出現頻度が高まったために、屋敷には戻らずに家主が眠りに落ちている一室に侵入して、外の様子を窺うことにした。その時に気付いたのだが、路上で眠りについていた人には見向きもしないことが分かったのは、幸いといえた。また室内に魔物が出現することはなく、屋内にはいってくることもなかったことから、霧が一定以上の濃さがない場所には現れることができないのではないかと当たりがついた。


 周囲が暗闇に包まれつつあったために一晩をそこで過ごした。

 

 夜が明けて日が昇るのに合わせて支度を整え、再び探索のために街を歩き始めた所で件の悲鳴が聞こえ二人は駆けだした。そして、予期せず巨大な魔物との戦闘を余儀なくされた。


 シャリーヌの魔法によって逃げられたものの、あの巨大な魔物との対峙は避けたいというのが本音になる。というのも、ボーセイヌとシャリーヌの二人はどちらも前衛を主とする戦い方ではない上に、接近からの一撃は鋭く、それでだけで致命傷になりかねないからだ。


「……あとは、彼女たちね」

「そうだな」


 二人の言葉の先には、気絶している女性とそれに寄り添う少女いた。

















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