第20話イメチェン
文化祭2日目。
午前中は直樹と各教室で行われる出し物を眺めて周り、午後一のクラス劇ではステージ横の音響スペースで劇を見た。
それも一段落し1人鞄を手に特別教室棟へ向かう。
基本出し物は教室棟や体育館だしこの棟も1階部分で部活動生が出店をしているだけで上の階は使われていない。
教室棟から渡り廊下を渡り特別棟の中に入ると階段をワンフロア分登る。
普段はさらに上の階の図書室に行くことが多いためここに足を踏み入れるのは初めてだったりする。
階段すぐ近くの空いているドアから中を覗くと壁側に仕切りで区切られた1人用の席、真ん中に長机を並べた6人がけの席が並んでいた。
教室2つ分くらいの広い室内の席は1つだけ埋まっている。
そこに座る女子生徒は僕に気づき席から立ち上がりこちらに真っ直ぐ歩いて来る。
「......」
一瞬誰か分からなかった。
女子生徒は僕の目の前に立ち、笑う。
長い髪を揺らし耳の上にピンが留められている。
背が小さく人形のように愛らしい顔。
「こんにちは」
そう挨拶され
「...こんにちは」
未だに相手が誰か分からず戸惑っていると
「まさかここまで透の呆けた顔が見れるとは思わなかったかな」
女子生徒はそう言いクスクスと笑った。
...透?
この学校の知り合いの中で僕を名前呼びする女子生徒なんて1人しか...
まさか...
もう一度よく相手の顔を見る。
髪型も違うしメガネもない――がそう言えば前に1度この顔を見た覚えがあるような。
「詠子...か?」
「当たり。そんなに印象変わるかな?」
そりゃあもう。
「誰かと思った。コンタクトにしたのか?」
「たまにするだけ。いつもは楽だからメガネだけど。今日はあちこち生徒がウロウロしてるしもし誰かに見られたら困るでしょ?その点、これなら私だってすぐにはバレないから変に噂されることもない」
ふふんというように詠子は胸を張る。
さすが詠子。先々の可能性までよく考えていらっしゃる。
でも、今の詠子のこの姿を見られる方が変に噂を立てられる気がするが。
「変...かな?」
机に着きながら詠子が不安げに聞いてくる。
「変じゃない。すごく良いと...思う」
本心でそう言う。
実際めちゃくちゃ可愛いのだ。このままクラスに戻ればきっとあちこち引っ張りだこになるだろう。
「そ、っか。ありがと」
不自然に言葉を少し詰まらせながら詠子は前に垂れた髪をクルクルと指に絡めた。
※
「どこか見て回った?」
1時間程勉強し教科書を閉じた詠子はペンを手に持ったまま口を開く。
「午前中に一通りクラスの出し物は見たかな」
「どこか面白そうなところあった?」
午前中の事を思い出す。
1年3組の喫茶店。5組のチョコバナナの販売。2年、3年のクラスのお化け屋敷、展示、輪投げやゴムピストルの射撃ゲーム...
「1年は3組と5組だな」
「来たんだ。気づかなかった」
僕も探したさ。
でも教室の窓に設置された売り場で買ってその場で受け取るシステムだったから幕で隠れた奥は全く見えなかった。
「で、なんでうちのクラスが面白いの?売り子が笑いでもとってた?」
「寒い一発ギャグはカマしてたな。客寄せで。面白いとかそういうんじゃなくて単に他のクラスは展示とか体育館の出し物だったから見てないんだよ」
「裏でもそのギャグは聞こえてたけどみんな無反応だったからね。姿が見えたらそれなりに笑えるのでは、って思ってたけどそうじゃなかったんだ」
ズバッと詠子は言い難いことをハッキリ言う。
いくら客寄せで文化祭テンションでやっているとはいえあの男子生徒が可哀想な気がした。
「3組はどんな感じ?」
「昭和レトロな和服を着てお茶とか菓子を売ってた」
直樹に連れられ朝一で行ったのだが学祭開始5分で大行列が出来ていたのだ。あれで30分くらい待たされた。
だが今では行ってよかったと思う。
那須が和装に身を包み接客をしていたからだ。
他の生徒も皆那須目的で来ていると言うのは明らかだった。
メニューを聞きに来たのも注文の品を運んできたのも別の生徒だったため那須と話すことはなかったが、帰るときに一瞬だけ目が合って笑いかけてくれた。
「ふーん...」
詠子の声でぽわぽわと浮ついた意識が現実に引き戻される。
「詠子はどこか見たのか?」
詠子は首を横に振る。
「午前中はクラスの手伝いがあったからね。それにさほど興味がないから他の時間はずっとここにいたよ。どんな感じなのかはここからでも見える」
詠子は手にしたペンで窓の外を指す。
立ち上がりカーテンの隙間から窓から外を見ると教室棟の様子が見えた。
2階から4階まで全学年のフロアの様子が少し覗けた。
カーテンを戻し、席に座る。
その時教室の外から何やら話し声が聞こえた。
男女1人ずつ。
「うぉっ」
男子生徒は教室に入って来ようとして僕達に気づいたようだ。歩みを止めたことによりその背中に女子生徒がぶつかっている。
「お、おい。別のとこ行こうぜ」
「う、うん」
逢い引き中だったのだろうか。だとしたら悪いことをしたのかもしれない。
「やっぱいるんだね」
2人の気配が遠ざかると、詠子が頬杖をつ、視線を入口に向けたままそう声を出す。
「変なテンションになる人。透が来る前にもさっきのカップルと同じ反応をした人達が来たよ」
「話には聞いた事があるけど実際出くわすのは初めてだな。わざわざこんな人の目がある場所でイチャつかなくてもいいだろうに」
「学校とか人の目がある所の方が背徳感があるんじゃない?」
「...やめよう、この話」
これ以上話すと後悔しそうなので話を区切る。
そういう話題を詠子がするのが意外だった。あまり気にしないタチなのだろうか。
「そうだね。私も憶測でものを語るのは好きじゃない」
そういう意味で言った訳ではないのだが。
カリカリと再び詠子はペンを動かし始める。
文化祭終了まで後45分。
その後は体育館に集合して昨日の合唱の優秀クラス賞や閉会の挨拶がある。
あと少し頑張りますか。
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