第19話歌声
約1000人入る大ホールの真ん中くらいまでを規則正しく人の頭がびっしりと並んでいる。
誰もが心待ちにしていた年内一のイベントだからかふかふかの椅子に収まった生徒は誰もが楽しそうにしていて話し声が会場内に反響していた。
文化祭を貸し切ってのイベントなんて初めてでこの光景はなかなか見慣れない。
自分の席に収まってしばらくすると『ビー』という映画開始前に良くなるような電子音が聞こえて照明が徐々に暗くなった。
高い壁にある大きな時計の針はは9時ピッタリを指している。
これから始まる文化祭に誰もが胸を高鳴らせ、あちこちでテンションが爆上げされた学生から指笛や歓喜の叫び、拍手が起こる。
そして『パッ』とステージ上のライトが明るく点灯した。
いつの間にかそこにはきちんと制服を着こなした短いポニーテールの女子生徒がマイクを片手に不敵な笑みを浮かべ立っている。
「これより第12回文化祭を始めます。みんな!盛り上がって行こう!!」
再び大きな叫びや笛の音がホール内に反響した。
開始の合図を終えた女子生徒は暗転と共に引っ込み、代わりにバラバラの色と服装の女子生徒5人が現れた。色も違うし、スカートの人もいればズボンを穿いている人もいる。恐らく私物だろう。
予定が書かれた冊子を開く。
ここからは有志による発表のようだ。
ステージでは女子生徒達のダンスが行われている。最近流行りの歌だ。この前朝の情報番組に取り上げられていたし、スーパーのBGMでも流れていたので流行に疎い僕も知っている。歌っている歌手や曲のタイトルは知らないが。
練習を重ねてきたのだろう。誰一人一糸乱れぬ動きだ。素人目だがとても上手いと思う。
感心していると間を空けず配置を変え、そのまま2曲目に入った。
今度は激しめのヒップホップ。アップテンポな曲に先程より動きが乱されていた。
だが、女子生徒達は汗で前髪が額にペッタリ張り付きながらも最後まで踊りきる。
曲が終わり横に並んだ5人は手を繋いで上に挙げた。
「「「ありがとうございましたー!!」」」
会場が割れんばかりの拍手が鳴った。
女子生徒達は早足で舞台袖に消え、放送部のアナウンスで先程の女子生徒達と次のチームの名前が告げられる。
それを合図に今度は黒いスーツに帽子を被った男子生徒が出てきた。
※
5チームの有志によるステージが終わり、書道部、合唱部、吹奏楽部による発表が終わる。
この後は15分の休憩を挟んで1年の合唱コンクールが始まる。
舞台ではスタッフが各クラスで事前に作ったクラス幕をぶら下げていた。
クラスメイトの動きについて行きスタンバイの場所に移動、そして直ぐに本番だ。
半ば強制的な練習の効果あって歌詞は何となく覚えた。2番はあやふやだけど。
そもそも男声パートはメインメロディとは違って複雑なんだ。
その上難易度高い4部構成の曲が多数決の結果選択されたため男声のパートがさらに2つに分かれている。
そのためただでさえ少ない男子でなおかつ同じパートを歌う奴は6人しかいない。
そのうちの1番音程が合っていると思われる奴の立つ位置がラッキーなことに隣なため不安な音程も何とかなりそうだが。
『次は1年1組です。曲はーー』
放送部のアナウンスを聞きながら舞台に設置されたひな壇に順番に登る。
僕個人に誰も注目してなどいないのに妙に見られているような気がして落ち着かなかった。
クラスメイト全員が舞台に立っているし歌声は他の声が大きい奴に埋もれて客席に僕の声は届かないだろう。それでも前に立つことの特有の緊張感が心臓の鼓動を早めさせた。
ピアノの前奏が流れ出す。
ふと客席を見ると1年が座っていた席は半分くらいごっそりと抜けていた。
舞台袖でスタンバイしているのだ。
次の2組は既に舞台袖に待機しているし、3組も裏の別の場所で待機しているらしくよく目立つ那須の姿はない。
自分のこんな恥ずかしい姿を那須に見られることがないということに安堵して視線をずらすと別の知り合いの姿を見つけてしまった。
向こうも完全に僕の方を見ており目が合う。
フッと野暮ったいメガネの奥で瞳が笑った。
馬鹿にした笑みではなく仲のいい友達に向けた優しい目だ。
さすがに前後左右にクラスメイトがいるからか手を振ったりはしないけど。というかされても困るのだけれど。
友達とはいえ自分に視線が向いているという事でさらに緊張が上乗せされつつ僕は息を吸い込み口を開いた。
※
1年の合唱を全て終えると昼休憩になった。
3組発表では那須に目を奪われ続け、その明らかに他とは異なる存在感や周りの目が那須に無差別に向けられることにやきもきし、5組の発表では端のソプラノパートで以外にも見た目1番本格的な感じで歌う詠子に驚嘆した。口を大きく縦に開け先程合唱部が歌っていたときのように体をゆったり前後に揺らしている。その本格さ故に周りからはやや浮いていたが。
歌声を僕は聞いたことがないので残念ながらあの中のどれが詠子の声だったのかまでは分からなかった。
ホール内は飲食禁止なため弁当は基本ホールの外で食べることになっている。
少しホールを出るのが遅れたため既にセンター内の机や椅子は他の生徒に占拠されていたため、直樹と連れ立って外に出た。
外にもそこそこの人で溢れていて座れそうな石段に直に座って思い思いに過ごしていた。
少し入口から離れた所にちょうどいい木陰があったため花壇の外側の縁に腰を下ろし弁当を食べた。
荷物を全て持ってくると邪魔だし重いと思い、ランチバッグだけを持って来ていた。
チャックを『ジー』と開け水筒と弁当を取り出す。
「お、今日は弁当なのか」
蓋を開けていると直樹が覗き込んでくる。
いつもコンビニか購買のパンか弁当が多いため手作り弁当を持ってくることはほとんどない。
「今日はな。来る途中も昼休憩も外に買いに行けないからな」
弁当とは言ってもほとんど冷凍を詰めてきただけだ。
2段になっている弁当箱は半分米、もう半分はおかずを詰めている。
冷凍のハンバーグを2つに割り、口に入れていると横からスっと僕のではない箸が伸びてきて卵焼きをさらっていった。
「おい」
それ唯一自分で1から作ったやつなんだが。
「おお!うまっ。自分で作ってんの?」
「まあな」
「意外と透って料理上手なんだな」
「最低限出来るようにしているだけだ。今は混ぜるだけで味が付く料理キットとかカット野菜もあるし。ざっと炒めて混ぜるだけだぞ」
「絶対失敗しないやつだ」
唐揚げを一口で頬張りながら直樹が言う。
「それがそうでもないんだなー。前はよく焦がしてたし」
家でのご飯はよく自分で作っている。
作ってくれる人は家にほとんどいないからだ。放課後は妹の塾の送迎と付き添い、夜は外で一緒に食べて帰ったり2人分を作ったり。
それを待っていれば僕の分も作ってはくれるのだろうが10時過ぎまで待つほど僕の胃袋は我慢強くない。
それに食事中のあの気まずい空気は耐え難いものがある。
中学を卒業して早くも半年が経過しそこそこ料理の腕は上達してきた。
それでもまだたまに焦がすことがあるが。
「透って妹いるんだっけ?」
唐突に直樹がそんなことを聞いてきた。
「まあな。どうした急に?」
「ほら、透って自分のことあまり話さないじゃん?前にチラッと妹いるとは聞いたけどどんなかねーっと思って」
「妹萌え?」
ジトーっと見ると「ちげーから!」と小突かれた。
「どんな感じ?」
「どんなって...別に。普通だよ。真面目で頭良くて...出来がいい」
僕が本来母親に受けるように勧められていた高校に進学予定で恐らくあの妹なら合格は堅いだろう。
「やっぱ可愛い?」
下心丸出しの質問をしてきた。人の妹に何求めてんだ。
「客観的に見ればそうなんじゃね?」
「主観的に見れば?」
「...可愛くない」
最後に話したのがいつだったか、もう覚えていない。
僕の存在すら認識していないのではないかと思うくらい完璧に無視されていた。
小さい頃からそこそこ喧嘩もしつつも仲が良かったが僕が中学に入り部活や勉強で忙しくなってからは顔を合わす機会が段々減り、いつの間にか話さない方が普通になっている。
「またまた〜」と直樹が茶化して来るのをスルーし、話題を切り替える。
弁当を食べ終えてもまだ30分くらい時間の余裕があった。
直樹は別のクラスの友達の所に顔出してくると行ってしまい1人木陰でボーッと過ごす。
いつもは暇つぶしに本を読んだりしているが今はあいにく持って来ていなかった。
入口から少し離れた所だから人の話し声も遠く、木の葉のガサガサした音が鳴る。
足を投げ出して空を仰ぎ見る。ふと視線を正面に戻すと視界の端に人影が映った。
その影は不意に足を止め――
「透。何してんの?」
近づいてきたのはつい最近グッと距離が近づいた友達だ。
「暇つぶし。詠子は?」
「私もそんな感じかな。隣良い?」
頷くと詠子は人1人分間を開けて腰を下ろす。
手に持っていた小さなコンビニ袋からおにぎりを2つとペットボトルのお茶を取り出した。
「お昼今から?」
詠子は頷き
「落ち着けそうな場所がなかなかなくって」
膝に並んだおにぎりの包みにはエビマヨと鶏そぼろの文字が並ぶ。
詠子はおにぎりの具定番派と革新派のちょうど中間なようだ。
「さっき見てたよね?」
エビマヨの包みを開けながら詠子が聞いてきた。
5組の合唱のときのことを言っているらしい。
「お互い様」
詠子だって僕のクラスの発表のときに見ていたのだから。
「詠子って経験者?」
「...昔合唱団に入っていた事がある」
言葉を切りパクリとおにぎりに食いつく。
詳しくは聞くなと無言で訴えかけて来ているように見えた。
「午後からは2、3年の発表だけだっけ?」
話題を変えることにする。
「うん。いつもより早く解放されるから楽だ」
詠子はふわぁと隣で眠そうに欠伸をした。
「なんで文化祭って自由参加じゃないんだろうね」
「授業もないし明日は自由に見て回っていいんだから自由参加でもいいって思うよなー」
そう同意すると
「透はもしかして明日不参加?」
「まさか」
自由行動が許可されているとは言っても朝と放課後はきちんと点呼を取るらしいのでサボりは許されない。
「詠子はまさか...」
詠子なら学祭より勉強を優先するということもあるかと思ったが
「一応行くよ。クラスの手伝いあるし。...でも自習室は多分独り占め出来るね」
学校に一応行く意思はあるらしいが学祭を楽しむ予定は皆無らしい。
「なあ」
「何?」
2つ目のおにぎりを食べていた詠子が首を傾げこちらを見た。
「それ...ちょっとだけ二人占めしてもいいか?」
「透は文化祭見て回らないの?」
「午前中はクラスメイトと回る予定だけど午後一のクラスの出し物が終わってからは2時間くらい暇だ」
直樹は午後部活な手伝いがあるらしくどうしようかと思っていたのだ。
「私はいいけど」
詠子のお許しが出た。
「やった。じゃあ明日自習室行くよ」
「分かった」
詠子は「あっ」と声を上げる。
「どうした?」
「ううん。何でもない」
詠子は微かに口角を上げニッと笑みを浮かべる。
「じゃあまた明日、ね」
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