第68話 誤解

「違いますわ!」

「それにオレは、君が幼馴染と抱き合っているのを見た。あれは何だったのだ」

「抱き合っていた……?」

「そうだ。お茶会の日だ」


(お茶会……)


「オレは君をここから出す気はない」


 彼はバタンと扉を閉め、鍵を掛けた。

 一人残されたリアは呆然とその場に立ち尽くした。




◇◇◇◇◇



 

 昼、食事が運ばれてきて、一人で摂った。夜も同様だ。

 二食続けて、ジークハルトと共に食事をしなかったのは、ここに来てからはじめてである。

 夜になっても彼は部屋に戻ってこなかった。




 リアがジークハルトと顔を合わせたのは、その翌日の夜だった。

 

 一緒に食事を摂ることになり、リアは気が急いて彼に尋ねた。


「ジークハルト様……ヴェルナーは、今どこに?」


 ヴェルナーは衛兵に連れていかれた。あれからどうなったのか気になって仕方なかった。

 リアはずっと部屋から出してもらえていない。

 ジークハルトに色々誤解されているようだが、何よりヴェルナーの安否が心配だ。


 昨日の様子は尋常ではなかった。

 いいようのないざらりとした不安が胸を波立たせる。


「あの男なら、牢だ」

「──牢!?」


 リアは虚を衝かれて、椅子から立ち上がった。


「どうして彼が牢に入れられているんですか……」

「皇太子の婚約者を誑しこもうとしていたのだから、当然だろう」


 リアは眩暈がした。


「誑しこまれてなどいませんわ」

「君のほうから彼を誘ったのか」

「そうではありません」


 リアは呆れ、ジークハルトを睨む。

 まず彼の思い違いをなんとかしなければ……。


「誤解ですわ。イザークとのこともです。お茶会の日はドレスにジュースが零れ、メラニー様にドレスを着替えるようにと、リボンを解かれたのです」

 

 リアはそのときの状況を詳細に説明した。


「彼は君に愛を囁いて、キスをしているようだったが?」


 リアは唖然とする。


「好きだと言ってくれ、私も好きだと答えただけです。キスなんてしていません」


 彼はぴくりと眉を動かす。


「好きだと言われて、好きだと答えた……?」


 彼も立ち上がる。

 テーブルを回り込み、リアの前まで来た。


「君はやはり彼が好きだったのか」

「好きです。もちろん恋愛感情ではありませんわ、彼も私も」

「……君のは本当に、恋愛感情ではないのか」


 ジークハルトはリアの手を掴み、顔を覗き込む。


「この間、申し上げた通り、私は……」


 セルリアンブルーの彼の瞳を見つめれば、リアは眼差しが揺れた。


「私は……」

「…………」


 彼はリアから手を離した。


「今、牢に入れている男とも恋愛関係ではないというのは、本当か?」


(ヴェルナーと恋愛関係になるなんて、前世でも今生でもあり得ないわ)


 そんな関係ではない。


「本当ですわ」

「では、なぜわざわざ窓から部屋を抜け出して、あの男に会いに行ったのだ」

「彼から重要な話を聞くためにです」

「重要な話とは?」

 

 ヴェルナーの話を、ジークハルトにもするべきではないか。

 

 正直、ヴェルナーの話は信じられないものだった。だが、彼が嘘をついているわけではないと思う。


「私も途中までしか聞かなかったので、説明できないのです。彼はジークハルト様について、語っていました。彼は能力の高い魔術探偵。他の人にはみえない術者のオーラがみえます。ジークハルト様も彼から聞いたほうが、よくわかるかと。ヴェルナーを牢からすぐに出してください。彼に会わせてください。私と彼の間に、色恋なんて一切ありません。大切な友人なんです」


 いつ壊れるかわからない恋愛の結びつきではない。もっと大事で、前世の大切な仲間だ。

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