第55話 舞踏会の夜3

 リアだけではなくオスカーも、リアが婚約破棄されるものと考えていたのだ。

 

 驚愕し、リアが過去を思い返していれば、控え室の扉が開いた。


「……ジークハルト様」

 

 弾かれたようにリアが立ち上がると、ジークハルトがつかつかと歩み寄ってきた。


「来るんだ」


 彼はリアの手を掴んだ。


「……殿下」

 

 オスカーが割って入る。ジークハルトは目だけで殺せそうな勢いで、兄に視線を投げた。

 オスカーは一拍、言葉をのみこんだ。


「……リアと婚約破棄をするという噂が流れていましたが」

「それが?」 

 

 ジークハルトはリアを連れて歩きながら、ぞっとするほど冷たく笑った。


「オスカー。おまえは、まるで婚約破棄を待ち望んでいたようだな?」

「いえ。決してそのようなことは」


 扉を開け、ジークハルトはオスカーを鋭く一瞥する。


「残念だったな? オスカー。婚約破棄などしない。リアには今日から皇宮で暮らしてもらう」 

 

 目を見開くオスカーを残し、ジークハルトはリアの手を引いて控え室を出た。


「……ジークハルト様」


 何度も呼びかけるも、彼は無言で円形階段を降り、大広間から離れる。

 大理石の廊下を、一言も発さず進む。


「どちらへ行かれるのですか」


 ジークハルトは答えない。彼から確固たる意思を感じた。

 彼の様子がおかしいことが気にかかる。


(どうしたの……)

 

 それに先程の言葉。

 

 皇宮で暮らしてもらう……?

 

 ジークハルトに手を掴まれ、後ろを歩きながらリアは彼の姿に視線を配る。

 バルコニーで会ったときよりは、体調は良さそうだ。

 それは安心だが、今の彼の行動がわからず、困惑した。


(前世とも、さっきバルコニーで話した彼とも、どこか感じが違う……)


 花火の上がる音が聞こえる。

 前世は婚約破棄され、大広間を出たとき、虚脱しながら花火を視界に映した。

 

 

 

 ジークハルトは、彼の暮らす白亜の宮殿内に入ると、長い廊下を通り、自室の扉の前で足を止めた。

 リアを連れ、入室する。

 美しく豪奢な室内だ。

 続き部屋の扉を開け、そこに足を踏み入れたところで、彼はようやくリアの手を離した。


「今夜からここが君の部屋だ」

「え……」

 

 彼は唇の端を上げる。


「さっき話しただろう。君に皇宮で暮らしてもらうと。君の部屋は、ここだ」


 広々とした室内は、今朝摘まれたばかりと思われる薔薇が飾られ、家具調度品は品があり格調高い。


「ここはジークハルト様のお部屋では……」


 間に仕切りの扉があるが、ジークハルトの主寝室と繋がっていた。


「ああ」


 ジークハルトはリアの顎を人差し指と親指で摘まんだ。

 リアはびくっとする。

 彼の双眸に壮絶な激しい光が宿っている。


「君から目を離すわけにはいかない」

「……どういうことですの」

 

 彼は吐息の触れる距離で囁いた。


「リア。君は、『闇』寄りではなく、『闇』術者だ」

「…………!」 


 リアは絶句し、愕然とする。


(……どうして、ジークハルト様がそれを知ってるの……?)


 今まで誰にも話したことはないし、気づかれたこともなかった。

 数百年に一度現れるかどうかといわれる『闇』術者。

 ヴェルナーにさえ、感知されていなかった。


「最初はわからなかったが、バルコニーで君が話していたのは、高位の魔物だ。帝国には、いにしえより、結界が敷かれてある。皇家直系であるオレが触れたため、魔物は帝国外に強制的に飛ばされたのだろう。その身は無事だろうが、もう帝国に入ってくることはできない」


 青ざめるリアに、ジークハルトは浅く笑う。


「君は魔物と会話をしていた。手なずけ、契約を結んでいるのだろう。結界で守られた帝国に、魔物を導ける者など、『闇』術者しかいない」

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