第54話 舞踏会の夜2

 彼は、顔を掌で覆う。

 

 リアはヴァンのこともだが、ジークハルトが心配で、その背を支えた。


「ジークハルト様、大丈夫ですか……!?」

「触れるんじゃない」


 彼はリアの手を掴んで、自分から離させる。


「大丈夫だと言った」

「ジークハルト様……」

 

 彼の顔色は蝋のように白い。

 自分に心配されても迷惑なだけかもしれないけれど、心配せずにはいられなかった。

 医師を呼びに行くべきだ。

 

 彼は手摺りに手をつき、肩で息をしながら告げた。


「……舞踏会で、君に大切な話がある」


 ジークハルトはリアを苦しげに見たあと、踵を返す。

 リアはその後ろ姿を、立ち尽くして見送った。


(ジークハルト様……絶対、お加減が良くない)


 しかしジークハルトはリアの助けを必要とはしていないのだ。

 

 メラニーは『風』の術者。

 彼女なら、ジークハルトの体調を快復することもできるだろう。

 ジークハルトのことは彼女に任せておけばいい。自分が心配することは何もない。

 

 リアはそう自分自身に言い聞かせて、彼に駆け寄ろうとする思いを押し留め、空へと視線をうつした。

 ヴァンの姿はみえない。


「ヴァン」


 呼びかけ、しばらく待ってみたが、ヴァンの姿も声もなかった。



 

※※※※※




 ジークハルトは大広間を横切り、廊下へと出る。

 先程、空中に手を伸ばしたとき、何かに触れた気がした。


(一体、あれは何だ)


 見えなかったが、あそこには何かいた。

 それに触れた瞬間から、猛烈な吐き気に襲われ、頭ががんがん痛んだ。


 大宮殿を出、部屋へと向かう。


 リアとイザークが抱き合っているのを目撃してから、食事が喉を通らない。

 無理に口にしては吐いていた。

 体調は最悪である。先程何かに触れた後、さらに悪化してしまった。


(オレは死ぬのでは?)

 

 冗談ではなく、そう思いながら、自室の扉を開け、寝台に倒れこんだ。


「はあ、はあ……」


 不規則な息を繰り返す。


 ──死ぬのもそれほど悪いことではないかもしれない。


(何より大切なものを、オレは自ら切り捨てようとしているのだから。今以上の絶望を味わうとわかっているのに……)


 リアとの婚約を破棄する。自分でもどうすればよいかわからないくらい、憎悪が膨れ上がっている。


 愛情と同じ強さで、リアを憎んでいる。 

 

 滴る汗を拭い、意識はそこで途切れた。




※※※※※




 リアはジークハルトとヴァンのことを気にかけながら、煌びやかな大広間で緊張して過ごしていた。

 

 こそこそと噂する声が聞こえてくる。

 メラニーの姿は会場内にあるが、ジークハルトの姿はみえない。

 リアは手を握りしめる。

 彼は医師のもとに行ったのだろうか。


(そうなら良いのだけれど……もしかして、どこかで倒れているなんて、ないわよね……)


 だがあの体調からして考えられた。

 リアは焦燥にとらわれた。


「お兄様、私──」


 彼を捜しに行こう。兄に、大広間から出ると告げようとした瞬間だった。

 ジークハルトが入口に現れるのが目に入った。

 

 彼は足を止め、ざっと視線を巡らせる。リアと目が合えば、再度動き出した。先程より、足取りはしっかりしている。


(良かった……体調快復されたみたい……)

 

 そんな彼の傍に、メラニーが素早く近づいていく。

 リアはじくっと胸が痛むのを感じた。

 目を逸らせ、下を向く。

 するとすぐ傍で声が響いた。


「リア」


 顔を上げれば、目の前にジークハルトが立っていた。

 その背の向こうでは、メラニーが眉を顰めてこちらを見ていた。


「踊ろう」


 リアはこくんと息を呑む。


「……はい」


 指先を触れ合わせる。ジークハルトとの最初のダンス後、彼は皆の前で、リアとの婚約を破棄し、メラニーと婚約をすると宣言をするのだ。

 しかし──。


 彼は、婚約破棄をしないと告げた──。

 

 


◇◇◇◇◇

 

 

 

 控え室で兄と二人、呆然としていた。


「どういうことなんだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る