第52話 彼らの事情4

 兄の愛は歪だ。

 カミルもそうかもしれない。

 リアがこの屋敷にきたときから、兄もカミルもリアに夢中だった。


 元々、屋敷に飾られている肖像画をみるのが、兄弟は幼い頃からとても好きだった。

 美しい少女が描かれた絵。それは父の妹だった。

 月の女神と称されるほどの美貌。

 

 初めてリアと対面したとき呆然とした。

 絵の中から抜け出してきたような、少女。

 

 会った瞬間に、兄弟は心を奪われてしまった。

 凛とした美しさで、性格は思いやり深く、優しい。

 想いは日々大きくなっていった。

 けれど兄が、リアと結婚する確固たる意志をもっていた。

 父にかけ合い、許しも得てしまった。


 その矢先、リアとジークハルトとの婚約が決まり、兄は荒れに荒れた。

 カミルもだ。

 皇太子妃になどになってしまえば、会えなくなる。 

 兄とリアの結婚も嫌だが、まだマシだ。

 ずっと公爵家の屋敷でリアは暮らし、一緒にいられる時間がもてる。

 それで、カミルは兄に命じられた通り、婚約が流れるよう動いた。

 

 メラニーがジークハルトを奪えるかどうか、正直、非常に疑問ではあった。

 ふわふわした外見に反し、野心家で、したたかなメラニー。

 

 兄の目論見通り、成功し、驚いた。

 カミルは、リアにはできれば兄とではなく、自分と結婚してほしいと思っている。


(兄上がいる限り、無理なんだよね……)


 カミルは溜息がでるのを止められなかった。




※※※※※




 リアは近頃、ジークハルトと全く顔を合わせていない。

 九歳で婚約してから、これだけ会わない日が続くのは、昔、彼が屋敷を訪れてすぐ帰ったとき以来だろうか。

 彼からは多忙で会えないと、連絡が入っている。

 

 しかし、メラニーといるところは、度々目撃されていた。

 友人や、兄と弟からそういったことを、やんわり知らされた。


(……前世でも確かそうだったわ)


 ジークハルトとしばらく会わないまま、舞踏会の日を迎えた気がする。

 

 噂はとても大きく広がっていた。

 リアとイザークは深い関係だと。リアは皇太子に近づく女性をいじめていると。ジークハルトはリアとの婚約を破棄し、メラニーと婚約すると。

 イザークとのことや、誰かをいじめているなど、事実無根だ。が、婚約破棄は、実際にされる。


(…………)


 噂を否定するのも億劫だし、もう悪役でいいと思っている。 

 メラニーはリアと違い、ジークハルトを拒むことなどしないだろう。

 考えないと決めたのに、リアはぐるぐると想像してしまって、押さえつけられたように胸が苦しくなった。


(わかっていたじゃない、こうなるって)

 

 ジークハルトがパウルと似すぎているために、リアは複雑な感情をいだいていた。

 それで前世でも距離をとっていた。

 そんなリアの態度に嫌気がさし、ジークハルトはメラニーに惹かれ、彼女を選んだのだろうか。 

 

 前世の舞踏会で、ジークハルトは随分、青白い顔をしていた。

 彼の体調を心配したのを覚えている。

 お茶会の日は……。

 リアは記憶を辿り、その日彼と顔を合わせていなかったことにようやく気付いた。


(……私、あの日、前世でもジークハルト様と会っていないわ……)

 

 前世では、メラニーに離宮の部屋に呼び出され、彼女と紅茶を飲みながら話している間に、リアはなぜか眠り込んでしまって、目が覚めたときは夕刻だった。

 お茶会は終わってしまっていた。

 疲れてリアが眠ったので、長椅子に横たえ席を外した、と前世でメラニーは言っていた。


(眠り込むほど私、疲れていたの?) 


 実際眠っていたので、そうなのだろう。

 今生ではメラニーから、あのあと連絡がきた。

 兄のイザークに、慌てていたからちゃんと説明ができなかった、ドレスを取りに行く途中、ジークハルトと遭遇して少し話をし遅くなった、ドレスを持って部屋に戻ればリアはすでに帰ったあとだった、申し訳なかったと。


(そろそろ旅支度をしましょう……)


 旅は楽しかった。

 リアは必要なものを街で購入した。

 

 室内を整理し、持っていくものと置いていくものを分け、旅立ちの準備をすすめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る