第50話 彼らの事情2

(やっぱりカミル様が一番)


 けれど、皇太子妃という立場は魅力的。

 カミルもメラニーのことを想ってくれているが、泣く泣く身を引いたのだと解釈した。

 兄オスカーに命じられ、カミルはメラニーとの恋を諦めたに違いない。

 

 メラニーは満足して広場へと歩き出す。


「メラニー」


 すると、途中で声をかけられた。

 後ろにいたのは茶色の髪に同色の瞳をした伯爵家の跡取り、ダミアンだった。

 それなりの身分と容貌の男。

 彼はメラニーの信奉者だ。

 

「何よ?」

 

 ダミアンは沈痛にメラニーに訴える。


「メラニー、もうやめよう」

「やめるって何を?」


 まさにこれから、はじまろうとしているというのに。


「あまりにも恐ろしいことをしすぎじゃあないか……。噂を流すくらいならまだしも、殿下の婚約者を突き落として、殺そうと考えたり……」

「こんなところでそんなこと言わないでくれる!?」


 メラニーは声を落として怒鳴り、周りを見回し誰もいないのを確認する。

 彼の手首を掴んで、ひとけのないところに連れていった。

 さっきカミルと別れたばかりなのだ。

 こんなことをカミルに聞かれれば、確実に厭われる。悔しいことに彼はシスコンで、リアを大切に想っているのだから。


「あの女は死ななかったでしょ! 実行に移さなかったんだから!」

「この僕が説得したから、思い直してくれたんだ?」

 

 先日の夜会の日、メラニーはリアを突き落とした。

 ジークハルトと近衛兵が階段を降りてくるのを目にし、リアが空中庭園に一人でいると知ったからである。

 

 最初メラニーはダミアンに頼んだ。

 あの女を、突き落としてと。

 

 そんなことをするのは駄目だ、いけないと彼は鬱陶しくも説教してきた。

 腰の引けた彼を置き、メラニーは一人屋上へと上がった。

 リアは手すりのない場所から下を覗きこんでいた。

 

 千載一遇のチャンスだ。

 これを利用しないなんて、ただの愚か者ではないか。

 メラニーは、リアにそっと近づき――躊躇なくその背をドン! と突いた。

 やってやった。

 

 高笑いして階段を降り、下で待っていたダミアンに、何もしなかったと伝えた。

 彼はほっとしていたが、あの高さだ、絶対に死んでいる。

 強風だったから、きっと不幸な事故ですまされる。

 

 上機嫌で大広間で過ごしていれば、花火が終わったあと、なんとあの女が皇太子と大広間に現れたのである。我が目を疑った。


(嘘……確かに突き落としたのに……)


 あの女は何なのだ一体。

 幽霊をみるように、思わず凝視してしまった。

 現場の確認は、気持ち悪いのでしなかったが、まさか無傷で助かるなんて。

 下は芝生で、木々も茂っており、それらがクッションとなったのか。


(なんて悪運の強い……!)

 

 メラニーは歯噛みした。やはり人を雇い、リアを無残な目に遭わせるしかない。

 あの女は術者だから、術具で魔力を奪って。

 

 リア・アーレンスは、メラニーにとって世界中の誰より邪魔な女である。

 メラニーが恋をしているカミルの姉で。

 だからこそ、仲良くしようと思ったのだ。

 

 しかしカミルはリアを非常に大切に想っていて、それはまるで恋のようだった。

 姉弟だが彼らは、実際は従兄弟。結婚しようと思えば、できるのだ。

 絶大な人気を誇るカミルとオスカーと、リアは一つ屋根の下で暮らしている。

 リアの存在はメラニーを激しく苛立たせた。

 

 それに。メラニーの異母兄。異腹だが、清廉で容貌が良いイザークのことをメラニーは慕っていた。

 兄はとても優しい。

 

 だがメラニーより、幼馴染のリアのほうに、兄はより深く愛情を傾ける。

 それを敏感に感じ取ったメラニーはリアが疎ましかった。

 

 極めつけは、皇太子との婚約。

 家柄は向こうのほうが上なのは否めないが……。

 冷たい美貌のリアよりも、自分のほうが、ふんわりして絶対に可愛いと思う。

 あの女が帝都にくる前までは、メラニーが同年代の令嬢のなかで、一番の美少女だった。

 

 しかも皇太子とは、メラニーが先に顔合わせをしたのだ。

 他の多くの令嬢と同じく選ばれなかったが。

 悪役っぽい雰囲気のリアがなぜ気に入られたのか。


(選ばれるべきは、誰もが可愛いと認めるこのわたしじゃない!)


「君こそが将来の皇妃に相応しい」とカミルからも言われた。

 

 カミルは、ジークハルトに近づき、皇太子とリアの婚約が流れるよう動いてほしいとメラニーに訴えた。

 メラニーの希望は、カミルと結ばれることだ。

 しかしカミルは寂しげに囁くのだ。


「君はもっと輝けるひとだ。ぼくなんかじゃ駄目だよ」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る