第34話 書庫で

 リアは後退し、視線を動かした。


「さっきオレが話したのが事実かどうか調べようと?」


 言い当てられて、リアは眼差しが揺れる。黙すも、誤魔化せず、認めた。


「……そうですわ」

「へえ」

 

 彼は眉を上げた。


「調べたあと、オレに治療を施そうと?」

「そういう訳ではありませんわ」


(だってそれって、キスをするってことでしょう?)


 リアがきっぱり否定すると、彼はもう一方の手も壁についた。

 彼の二本の腕に囲われる。長身の彼は、覆いかぶさるように、リアを見下ろした。


「では君は、事実オレの体調が悪かったとしても、君にできることがあったとしても、婚約者であるオレに何もする気はないというのだな」 

 

 リアはいずれ彼から婚約破棄される。婚約者であるのは今だけだ。結婚することにはならない。


「……私がジークハルト様のためにできることがあるのなら、役に立ちたいとは思いますわ」


 それは本心だが、リアの感情は入り組んでいた。


「本当に?」

「ええ」

「なるほど」


 彼は壁から腕を離した。


「オレが言った本はこちらだ」


 くらくらしていたリアは、彼が離れてくれ、淡く息が零れる。


「はい」


 彼のあとについて、書庫の奥へと移動した。

 黒い扉の前で彼は足を止める。そこは、立ち入り禁止の場所だった。

 重厚な扉を開けて、彼は中にリアを入れた。


 リアは室内を見回す。

 

 天井まである高い本棚が壁際にずらりと並んでいる。静謐な空間で、誰もいない。

 ここに入るのは初めてだった。


「こちらだ」

 

 彼は歩いて中央の一角で足を止めた。革表紙の分厚い本を本棚から取り出す。

 傍らにある机の上に本を置き、ジークハルトは椅子を引いた。


「掛けろ」


 彼に促がされて、椅子に腰を下ろした。

 ジークハルトは立ったまま、後ろから手を伸ばして、本の頁を捲る。背後から抱きしめられている形だ。体温と呼吸をすぐ傍に感じて、リアは鼓動が乱れる。

 

 彼は頁を繰るのをやめた。


「ここだ」

 

 彼の長い指が指し示す場所に、どきどきしつつ視線をおとす。

 すると、確かにあった。

 

 ――異性の『風』術者が、『星』術者の心臓の上に掌を置いて解し、口から口へ気の流れを数分送りこむ行為を日常的に行えば、『星』術者の体力は快復する――と。


(……本当だわ……)


「リア。君はオレが嘘をついたとでも?」

「……いえ、そういうわけではありませんわ。ただ驚いて」


(彼はさっき眩暈だと言っていたけれど……)


 リアは後ろを振り返る。


「ジークハルト様」

「何だ?」


 完璧な美貌の彼の顔が目の前にあり、リアは頬がじわりと熱くなる。

 彼の瞳が甘やかに煌めく。


「何だ?」


 もう一度聞かれ、一瞬言葉が出なかったリアは騒ぐ胸を押さえ、彼に尋ねた。


「……本当に、体調は大丈夫なのですか?」

「大丈夫じゃないといえば、そこに書いてあることを今、君はするのか」


 リアは顔を赤らめた。


「それとも、放っておくのか?」

「……放ってはおけません」


 彼は人差し指と親指でリアの顎を掴み、上向かせた。


「オレは体調が悪くはない。だがここに書かれていることをすれば、さらに良くなるだろうな」

「今は、体調は大丈夫なのですね?」

「ああ」


 リアは彼の手を取って、自分からそっと離すと、椅子から立った。


「ならいたしませんわ」


 瞬間、彼はリアの両肩に手を置いて、机に押し倒した。


(!?)


 彼の黄金色の髪がさらりと頬にかかる。


「ただ君と口づけたい、と言ったら?」

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