第18話 珍獣?

 生垣で区切られた庭園迷路の中へと彼は入っていく。

 彼は冷たく辺りに視線を巡らした。


「この場所は母が好きだった場所だ」


 緑が輝いていて美しいが、彼は苦々しげに眉を寄せる。


「オレが母に話しかけようとすれば、母はここを出た。母はオレのことを忌み嫌っていたんだ。病で亡くなったが、オレは呪われていると、顔もみたくないと母は言い、オレに会おうとしなかった。……両親は愛のない結婚をした。父は君の母親を好きだったんだ。逃げられた後も、ずっと」


 彼は立ち止まり、こちらを振り向く。


「君には理解できないだろう。愛し合う両親のもとに生まれ、幸せに育った君には。オレは王族の義務、愛なき結婚で生まれた。父の心は、今も昔も君の母親にある。オレの母が亡くなってすぐ、父はオレの婚約者にと君を候補に挙げたよ。自分が好きだった元婚約者の娘を。両親は不仲で、母はオレだけではなく父も避けていた。……母がああなるのも、仕方ない」


 嘲るように喉の奥で笑う彼は、なんだか泣きそうにみえて、リアは彼に手を伸ばした。


「ジークハルト様」

 

 彼はリアの手を払いのけた。

 びくっとリアは背を震わせた。


「女など、信じるに値しない。オレは誰も愛さない。本当は誰とも結婚などしたくない。それでずっと誰のことも選ばなかったのだ」


 リアは胸が痛んだ。

 彼は心に深い傷を抱えている。

 それを和らげるのが、婚約者である自分の役割かもしれない。

 

 彼を放っておけない。


「なら、私が女でなければよろしいでしょうか」

「なんだって?」


 リアは姿勢を伸ばして告げた。


「ジークハルト様は、今、女は信じるに値しないとおっしゃいました。なら、私は今後、男装しますわ!」


 本気で言ったのだが、ジークハルトは呆れたようだ。


「男装しても女は女だ。それにオレは女だけではなく、人間そのものを信じない」

 

 リアは自分の手を強く握りしめる。


「将来、私達は結婚するのですし、私はジークハルト様に信用していただきたいですわ」

「誰のことも信じないと、今話した。君はオレの話をちゃんと聞いていないだろう」


 ジークハルトは溜息をつき、黄金の長い髪を煩わしそうにかきあげる。


「私、ジークハルトさまに信頼していただけるよう、頑張りますので」


 決意を表明するリアを、ジークハルトはまじまじと見、沈黙したあと、言った。


「君は信用ならない人間のなかでも、特に変わった者だというのは、よくわかった」


(……え?)

 

 リアは慄いた。

 

 ひょっとして最も信用ならない者だと、思われてしまったのだろうか……?

 色を失くすリアを見て、彼は唇に笑みを湛え、歩き出した。




◇◇◇◇◇




 ジークハルトと会うことは、それから何度かあった。

 だが、お茶を飲むだけで無言で去るということはなくなった。

 彼は珍獣をみるように、リアをみている。


「君は、甘いものが好物だな」

「え……どうしてお分かりになったのでしょう」


 びっくりして訊くと、彼は当然とばかりに返した。


「分からないはずがないだろう。君はいつも甘いケーキを美味しそうに食べているし、頬のあたりが少しふっくらした。甘味を好み、家でもいつも食しているのだろう?」


 リアははっと頬に手を添える。


(どうしよう……太った……!?)


 そういえば、最近ドレスがきつくなったような……?


「どうした?」

「私……太ってしまったようですわ」


 自己管理のできない人間だと、さらに不信感をもたれてしまうかもしれない。リアは今後甘味を食べ過ぎないようにしようと心に誓う。


「もう食べないのか?」

「はい。今日はもうやめておきます」


 フォークを置く。しかし名残惜しくケーキに視線をおとしてしまうと、彼は向かいの席から、隣に移動してきた。

 リアのフォークを手に取って、ケーキを一口大に切り、それをリアの唇まで近づける。


「……ジークハルト様?」


 戸惑い、リアが目を瞬くと、彼は横でリアを眺めた。


「食べたいのなら、食べればいい」

「……ですけれど……」

「食べたくないのか?」


 甘いものが好きなリアは正直に言った。


「……食べたいです……。でも、太ってしまいます」

「なぜ太ってはいけないんだ?」

「私は皇太子殿下の婚約者です。立場上、太るべきではないと」

「そんな理由なら、構わない。気にする必要はない。君は細すぎるくらいだ。もっと太ればいい。健康上問題があれば、そのときは止める」

「よろしいんですの?」

「ああ。ほら」


 リアは口元に運ばれたケーキを口にした。

 柔らかなスポンジにしみ込んだブランデー、濃厚なチョコ、フィリングのフレッシュな果実。


(美味しい……!)


 皇宮にはすこぶる腕の良い料理人がいるようだ。半端なく美味しいのである。

 最初の頃は緊張して、喉を通らなかったのだが、近頃はここで食べるお菓子が、楽しみになっている。

 彼がフォークで運んでくるケーキをもぐもぐと口にする。リアは唇を綻ばせる。


「頬にクリームがついている」


 ジークハルトはフォークを置いて、リアの顔に顔を近づけた。

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