第63話 二番弟子の暴走

「グラシアル……じゃなくて、フレーシュ殿下、元気そうで安心したわ。立派に王子様をやっているわね」


 はにかむ彼がグイッと差し出してきた頭を、よしよしと撫でる。

 一番甘えん坊だった二番弟子は、子供の頃からこうされるのが好きだった。

 

「師匠! お願いがあるんだ」


 不意に、フレーシュがこちらを向いて、真剣な表情を浮かべる。

 

「何かしら?」


 困りごとでも発生したのかと、私は彼を見つめ返す。

 すると……あろうことか第一王子はその場で跪き、私の片手をとって口づけた。

 

「僕と……結婚してください!!」

「…………!?」


 フレーシュの目は真剣だ。


「へ……? 結婚……!?」


 びっくりして後退する私の手をギュッと握り込むフレーシュ。

 昔から仰天発言をすることが多い子だったけれど、彼は弟子の中で一番の常識人だったはずだ。

 なのに、私には夫も子供もいると知っていながら、どうしていきなり求婚してくるのだろう。

 

 混乱していると、不意に後ろから体を引っ張られた。

 見ると、無表情のシャールが私の腰に手を回し、フレーシュを警戒している。

 彼の横にはカノンも、今まで目にしたこともないような冷たい表情を浮かべて立っていた。


「ラムは、私の妻だ」


 シャールはフレーシュに向かって、冷えた声で言い放つ。

 しかし、第一王子は全く堪える様子もなく、笑顔で返事をした。


「うん。だから、僕にくれないかな? 不仲説もあるくらいだから、どうせ要らないでしょ?」

 

 にこやかな声音だが、フレーシュの目は笑っていなかった。

 だが、シャールは彼の申し出を一刀両断する。


「断る、ラムは渡さん。そもそも妻は物ではない」

「どうして? 冷遇しているくらいだから、要らないんでしょ? 僕にくれたら、メルキュール家をいろいろな方面から支援してあげるよ?」


 意外にも、この言葉に応えたのはカノンだった。

 

「殿下、情報が少し古いようですね。一時期はそんな噂もありましたが、今の両親は、とぉ~っても、仲良しです」


 瞬間、フレーシュの瞳孔が開き、部屋の温度がガクンと下がる。


(ま、まずいわ……!)

 

 ピキピキと音を立てながら、廊下全体がものすごい早さで凍り付いていく。

 この現象を私は知っていた。二番弟子の癇癪だ。


 昔から感情制御が苦手だった彼は、心の内が魔法として現れるという厄介な体質の持ち主なのである。

 暴走する氷魔法で、二番弟子は、なんでもかんでも凍らせてきた。

 私は慌てて火魔法でシャールとカノン、お付きの人々を守る。


「グラ……フレーシュ殿下! 落ち着いて! 周りを見なさい」


 しかし、うつろな瞳の王子に私の声は届いていない。


「師匠は僕のだ。僕と結婚するんだ……前世から決まっていたんだ……」


 窓が凍り、天井が凍り、吹雪が起こり、氷柱まで出現し始めた。

 よく聞こえないが、フレーシュはぶつぶつ小声で呟き続けている。

 彼の魔法は城の外にも広がりを見せていた。これはまずい。


「フレーシュ殿下! いい加減にしなさい!! 自分の感情に周囲を巻き込むなと、何度言ったらわかるの!?」


 気づけば私は魔力を宿した右手を大きく振りかぶり、王子の横面を殴っていた。

 前世の二番弟子にしたのと同じように。

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