第53話 嘘を重ねる令嬢と森の奥の使者

 私を乗せた馬車はガタゴトと王都を抜け、なぜか郊外へ向けて走り出した。


「ねえ、司教補佐は一体どこへ行ったの? 行き先、遠すぎない?」

 

 令嬢たちに囲まれた私は、ガタゴトと揺れる馬車での移動にげんなりしつつ質問する。

 転移すれば一瞬なのに……


「メルキュール伯爵夫人、司教補佐様はお忙しいのですわ!」

「わざわざつれて行って差し上げるのですから、文句を言わず感謝なさい」

「私たちも多忙な身ですのよ?」


 私を騙す彼女たちの指の毛も、心なしか濃くなってきている気がする。

 獲物の相手も飽きたのか、令嬢たちは自分たちのお喋りに興じ始めた。


「あら、リリロッサ様のイヤリング、素敵ですわ~! ドレスにもぴったり!」

「本当ですわ~!」

「シャール様とリリロッサ様、お二人ほどお似合いの男女はおりませんわ~!」


 リリロッサの取り巻きは、次々に彼女を褒め称える。

にもかかわらず、彼女たちの眉毛がフサフサしてきたのはどういうことだろう?

 まさか、内心ではリリロッサを良く思っていないとか?


(貴族令嬢も闇が深いわね)


 程なくして、馬車は街道沿いの森の中へ突入する。

 道は一応舗装されているが、程なく道幅が細まり、馬車が通れなくなりそうだ。


(本当に、使者はどこへ行ったの!? 森の中に用事とか無茶がありすぎるでしょ)


 罠の匂いしかしない。

 しかもこの森、魔獣の気配がする。

 それに気づかない令嬢たちが向かったのは、森に立つ粗末な小屋だった。

 

「司教補佐様、メルキュール伯爵夫人を連れてきましたわよ」

 

 取り巻きや護衛を引き連れたリリロッサが声をかけると、広めの小屋の中から返事があった。


「こちらの準備は万端だ」


 中に入ると、使者と複数のガタイの良い男たちがいた。

 

(なんか、縄を持ってるんですけど……ものすごくこっちを見てくるんですけど)


 男のうちの一人が凶悪な笑顔でにやりと笑う。

 

「ほほう、美人な奥様じゃないか。これなら高く売れそうですぜ。貴族ってだけでも価値がある」

「ええ、性格はともかく、見た目はそこそこ良いかと。きっと隣国の好事家などに喜ばれるでしょう」

「では、我々のアジトへ連れて行こう」

 

 なんだかめちゃくちゃ言われているけれど、要するに彼らは私を売ろうとしているみたいだ。

 しかも、斡旋しているのはモータ教の司教補佐。聖職者が人身売買するなんて世も末だ。


 遠隔で組織ごと探し出し、攻撃してもいいけれど、大まかな場所がわかっていないと難しい。

 できないことはないが魔力を大幅に消費するし、今のこの体では耐えられないだろう。ゾンビリーパーを倒したときも、結構な反動が来たので。


(アジトまでついて行って、組織を潰してしまうのもいいかも。もしかしたら、他に被害者がいるかもしれないし)

 

 令嬢たちが背後で私を馬鹿にするように嗤っている。


「アッハッハ! あんな芝居に騙されるなんて、どれだけお馬鹿ですの?」

「こんな馬鹿はシャール様に相応しくありませんわ」

「目障りなメルキュール伯爵夫人、さっさと売られておしまいなさい!」


 ガタイのいい男が私の手首に縄をかけた。使者が満足そうにそれを見ている。


(感染しない悪臭魔法を再発させてやる。覚悟しておきなさい)


 実は悪臭魔法や毛深くなる魔法は細かな制御が必要な魔法で、攻撃魔法よりも繊細かつ難易度が高い。現世で鈍った勘を取り戻す練習にちょうどいいのだ。

 

 そういうわけで、私は荷車に乗せられ、さらに森の奥へと運ばれて行くのだった。

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