第50話 使者と令嬢の遭遇

 セルヴォー大聖堂の使者セピューは、メルキュール家から帰る馬車の中で憤慨していた。


「おのれ、あの生意気な魔法使い共め! 司教補佐である私をこき使いおって!」


 こう見えて、貴族出身のセピューは国内モーター教徒内では上位の存在である。司教の補佐として、様々な仕事をこなしていた。

 だからこそ、司教の目を盗み、メルキュール家に歴史書を持っていくことができたのだ。

 高い矜持を持つ彼は、それ故にメルキュール伯爵夫人から受けた仕打ちが許せない。


(だからと言って、今騒ぎ立てるわけにもいかない。そんな真似をすれば、私の方が変な目で見られてしまう)


 いくらモーター教である程度の権限を有しているといえど、あまりに露骨な言いがかりを付ければ周囲の顰蹙を買って自分の株が落ちる。そういう事態は避けたい。


(でも、腹が立つ~!)


 悪臭から解放された修道院の見回りを終え、外の空気を吸いに出る。

 大聖堂は王都の中央広場に面しており、そこは沢山の人々が行き来する場所だ。催し物の会場になったり、市が立ったりするときもあった。

 商業ギルドや銀行など様々な建物も広場沿いにまとまって建っている。

 中央広場は貴族街と平民街の間に位置するため、お忍びの貴族や平民が入り乱れる少々特殊な場所でもあった。平民街と言っても、この辺りに住むのは富裕層が中心だが……


(おや、お忍びの域を脱した貴族もいるようだ)


 ふと、セピューが広場に目を向けると、明らかに貴族令嬢だとわかる集団が広場の一角を陣取っていた。周りに護衛や使用人を侍らせており、その特殊さが際立つせいか通行人に遠巻きにされている。

 だが、本人たちは気にせずお喋りに興じていた。

 

「本っ当に許せませんわ、あの女!」

「全くですわ! お茶会の案内も全部拒否するなんて! 生意気な!」

「そうですわ! わたくしだけでなく、侯爵令嬢であるリリロッサ様のご招待を拒否するなんて、ありえません! メルキュール伯爵家の分際で!」

「シャール様ほどの功績をお持ちならともかく、あの女は灯りをともすか、カツラを飛ばすか、頬を固くするしかできない不出来な魔法使いですわ!」


 話している内容に、セピューの耳は反応する。

 

(こ、これは……もしかしなくとも、メルキュール伯爵夫人に関しての話題なのでは!?)


 じりじりと、少しずつ令嬢たちに近づいてみる。


「これ以上、あの女を調子に乗らせると碌なことになりませんわ。シャール様も、あんなのが妻だなんてお気の毒です! 解放して差し上げたいですわ! ね、ね、リリロッサ様?」

「ええ、あなたたちの言う通りよ。今度こそ、メルキュール伯爵夫人に知らしめてやらねばなりません!」


 中央にいた令嬢が真っ赤に縁取られた唇を開く。彼女が侯爵令嬢リリロッサだろう。


「あの女を屋敷から引きずり出せればこちらのものですが、メルキュール家は滅多なことがない限り公の場へ出て来ません。お茶会の招待も無視ですし……」

「昔彼女に仕えていたお友達の話では、かなりの引きこもりだったとか」

「何かいい案はないかしら?」


 うんうんと悩む彼女たちを見て、いても立ってもいられなくなったセピューは、広場に向かって歩き始めた。

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