亡霊の魂斧③




「……あ、行商クエ……」


「マジ!?っておいおい本当にあるじゃねーか!」


「そ、そうだな……」



RL、『裏』職……PK職のみ入れる場所。


そこにある『裏掲示板』で――また、ある二人が話していた。



「――しかも一人じゃん!おいおいツイてるな俺達」


「あ、ああ……」


「……?まだお前、大分前の商人の事気にしてんのか?よっ、マッチ申請と……」


「!ち、違えよ!つ、次やったら俺が勝つ!!……今回は遠慮しとくけど」


「ハハハ!そんな必死になんなよ」



一人が遠慮がちに話し、一人がその彼の肩を強く叩く。


そして、やがて――





《『行商クエストⅡ』にマッチしました。一分後に転送されます》




「おっ!!来た来た――おいおいそんな暗い顔すんなって!」


「い、いやいや、まあ大丈夫か……」


「おう!さくさくっとヤッて、報酬でポーションぐらい奢ってやるから待ってろ――――」




そう言って消えていく相棒を横に、一人は呟く。




「……お前、それ死亡フラグ……」







「……まあ、適当にやろう」



そうは言ったものの、彼は警戒はしていた。

話に聞けば――それはもはや、自分の知っている商人ではなかったからだ。



「最近、もちょくちょく聞くしな……ちょっと本気出すか」



そう言ってインベントリから様々なものを取り出していく。


職業は『盗賊』。メイン武器はナイフ。単純な戦闘力で言えば他のPK職に劣るが――その代わり、『嫌がらせ』に長けた職だ。



「『地獄耳』……待ってろよ、商人。たんまり頂いていくぜ」



彼は悪の職業らしく不敵な笑みを浮かべながら――先に居る商人の元に向かっていった。




―――――――


―――――


――



「はあ、はあ――諦めろよ、商人が――!!『スティング』!」


「ッ、まだ耐えれるな……」



その声は、先程の盗賊の声。


ラロシアアイス、行商クエスト専用フィールド。


氷雪が振る一つのエリア。

『商人』と『盗賊』が対峙する異様な光景。




「チッ、くっそ……らあああああああ!!!」


「――ッ」


「うッ――」




盗賊の彼のナイフの一振りは、今度はあっさりと避けられ――地面へと転ぶ。

体力にして、お互い三割と少し。


しかし――その『過程』は、少々複雑だ。

彼が強襲を仕掛けたものの、あっさりと対応した商人。

そのまま、商人の『黒い斧』でHPを三割近くまで減らされた。


だがそこで、盗賊が苦し紛れに放ったスキルが、『成功』した。

そこからは形勢が逆転。

商人は一切攻撃せず盗賊がひたすらに商人に攻撃を続けていた。



「……純粋な興味から俺は聞いてるんだ。俺の『指輪』は、どうしたら返してくれるんだ?」


「ああ!?だから教える訳ねえだろうが!」


「――そうか」



そのスキルこそ、盗賊専用スキル『奪取』。

使用MP半分、状況によるが成功確率もかなり低く、失敗した場合はその時点でPKペナルティを負う。

しかし――その代わり、成功すれば相手からランダムにアイテムを奪い取れるのだ。


そして更に幸運にも、彼は商人の『氷宝玉の指輪』を奪取出来た。



(……奪取したアイテムは、オレが死ぬかクエに失敗すれば持ち主に返還だ。これを持ち帰るには……クエを成功させるかコイツを殺さなければならない)



「驚いたよ、そんなスキルもあるんだな」


「ああ?ハハハ、残念だったな……これが終わったら真っ先に売り捌いてやるよ」


「――そうか。なら……せめて、『終わり』にしよう」


「うっ――!」



商人がだらんと腕を垂らし、真っ直ぐ見る。

濃厚な殺意の塊を受けた盗賊は、情けない悲鳴を上げて後退る。



(っな、何なんだよ、だからあの『斧』は……)



『商人』が持つにしては、異様なソレ。


漆の様な視線が吸い込まれるような黒に、所々入った血脈のような赤い線。

禍々しいその武器に、彼はHPを奪われてきた。


そしてそれの持ち主は――もはや、生産職のオーラではない。





(コイツは、まるで――)




脳裏に宿るその姿。

一度だけ対峙し、なす術なく殺されたその職業だ。



PK職を、裏の世界の者とするなら。

それは――まさしく『』。





――通称、『PKK職』に。



「……わ、分かった!!か、返すって!」



盗賊の彼が、距離を詰められそう声を上げる。



「……返した後はどうするんだ?」


「あ、あー、その時は正々堂々勝負しようぜ!」



(ハハハ、オレは盗賊だぞ?そんな事する訳ねえだろうが!……渡す振りして『アレ』をぶっかけてやる)


彼はそう脳内で思考を巡らせた後、ポケットを弄る。



「!そうか、なら返してくれ」


「ハハ、ああ」



距離が近付く。

そして――



「――何て…………渡す訳ねえだろうが!!」


「っ――!?」



ポケットから出したのは、彼が用意していた『毒』の瓶。

栓は当に開けられ――その濃厚な毒のポーションが、商人へと降りかかった。



(や、やった……!これでオレはコイツが死ぬまで逃げ切ればクリア――――!?)




「……何をしてくるか、と思ったが……」



商人の声のトーンは変わらない。

ゆっくりと、佇んでいる。

しかし――盗賊は動けない。



(な、なんで……コイツこの展開を、『待ってた』かのような――)



その通り、商人は待っていたのだ。

自身のHPが『三割』以下になるのを。


待ちわびて――仕方なかったのだ。


その表情は笑っていないのに、確かに彼は笑っているように見えた。




「――な、何だよ『ソレ』は――――!!!」




商人の持つ斧が、『変化』していく。


それは、型どった漆が溶けていくように。

深い池の底のような色のそれは――確かに、ある『形』へと変化していく。


脈動する赤い線が、その武器の線を造っていく。

黒い何かは、その型へと浸されて行く。



それは決して斧ではない。




それは――





(――なんで商人が、『』を持ってんだよ――!?)



盗賊は知る由もないが――氷雪の亡霊が使用していた、あの刀に酷似したソレ。

これが戦闘中なんていざ知らず、彼は――見惚れてしまっていた。


柄、鍔から伸びた1.5メートル程のカーブした刀身。

紛れもなく、日本刀――太刀。


まるで黒い氷を打ち、研磨したような美しい刃。

斧の時と同じ素材ではあるものの、刃の厚みの違いで別物に見えるそれ。



「――ッ!!?」



黒刃から、妖しく反射する光。

それが彼の顔面を照らした……その瞬間だった。



「――こっちには時間が無いんだ、ごめんな」


「ガっ――」



一撃。

そして追撃。


彼の目には、一瞬だった。

自分がソレに見惚れてしまっていた事を認識したのは、このアナウンスが流れた後。



(状態異常:出血となりました)



「ふ、ふざけんな――」



皮肉にも、同じ継続ダメージの状態異常である『出血』が盗賊を襲う。


刀で食らった二撃で、既にHPは商人よりも少ない。

ゆっくりと近付く彼を、赤い視界で捉える盗賊。



(く……クソが。もう確実に勝てる……そう思ってんだろうな、マジのガチの万が一……用意して来て良かったぜ)



しかし。


死の瀬戸際。

彼は――最後に用意したソレに向けて、『あるスキル』を発動した。



「お、おい!俺を倒せばこの指輪は――」


「――お前を倒せば、返してくれるんだろ?何となく分かったよ」


「ッ!?い、いやそんな事無いって!か、返す返す!そんで俺はリタイアするから!死ぬよりマシだからな、参ったってハハハ!!」



図星か、饒舌になる盗賊。

ゼロに近付くHPの中、それでも彼は――確かに、『指輪』を差し出した。



「!……まあ返してくれるのなら――」



手を伸ばす商人。


『指輪』を渡そうとする盗賊。




(――掛かったッ!!!)





最後に笑うのは―――――










《状態異常:麻痺になりました》







「……へ?」



身体が固まり、倒れゆくのは――盗賊。


渡そうとしたモノは、商人が振るった刀によって両断、破壊された。

そして――その『』の『麻痺毒瓶』が割れ、彼の手に染み渡っていく。



……盗賊専用スキル、『偽装』。

あるアイテムを、数秒間だけまた違うアイテムに見た目のみ変更する事が出来るというもの。


彼は麻痺毒の瓶を彼の『指輪』に偽装していたのだ。



「こんなスキルも使えるのか、驚いたな」


「な、んで――」


「……『勘』だよ、あと――目が明らかに死んでなかったから」


「は、はあ!?や、ま、待てって!――お、お前ッ、マジで、『商人』なのか――!?」



その刃は待つ事無く、ただ立つだけの者に振るわれる。


いつの間にか『刀が斧』に戻っているのは、彼にはどうでもいい事だろう。


ただ一つ――目の前の不遇な生産職が、自分を殺した事実を受け入れられない様だった。



「……ああ。勿論――」



純粋な疑問……途切れ途切れの声への返事が、彼の聞く最後の声。




「『商人だ』」




《貴方は死亡しました》

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