迅雷②
左腕で落ちた斧を拾い、握る。
「……感謝するよ、ダスト」
アレから、道中で左腕を動かす練習はしてみたものの、上手く行かなかった。
あの時目覚めたそれはずっと、眠ったまま。
こんな強敵に出会っても、ずっと覚めてくれなかった。
……だから、亡霊と闘ったあの時と同じ様に、わざと失った。
そして何にせよ、たった今――幸いな事に俺の狙いは成功した様だ。
「……チッ、アタマ可笑しくなったかよ」
いつの間にか、距離を取っているダスト。
彼の攻撃のパターンは、投擲からの疾走、自身での攻撃。
これまでずっと、幾度となく受けて来た。
「――おらぁ!!消えろ!!!」
ポケットに手を入れ、投擲のモーション。此方に向かってくるナイフ。
雷脚によって強化された――残酷な程に速いそれ。
でも。
俺は――たった三秒だけ、今のお前と渡り合える。
「――『高速戦闘』」
それは、右腕を無くした『今』の為に取っておいた切札だ。
発動した瞬間――世界が遅くなり、自身が二倍のスピードで動いている事に気付く。
――ここからは、失敗は許されない。
一つ。
幾度となく積んだ、その訓練。
アイススライム、バーバヤーガ、レッドアイススライム。
そのモンスター達を倒してきたそれと。
二つ。
俺を何度も救ってくれた――商人でしか使えない、そのスキル。
この二つで――これを破る!!
「――『黄金の一撃』!!」
二倍速の世界。
慎重に、かつ迅速に。
黄金色に光る刃を――迫りくるナイフに向けて左腕で振りかぶる。
タイミング、位置、どれもが完璧になるように。
やがて、その軌跡が——
《Reflect!》
《50000Gを消費しました》
衝突。
「――!?――がッ!!!」
すぐ後、彼の悲鳴が流れる。
……『黄金の一撃』で、ダストのナイフを『反射』した。
AGIが雷脚によって急激に上昇している今――彼は、さっきからほぼ『直線』でしか動けていない。
だから――『反射』が効いた。
斧の投擲では恐らく避けられる。だから……これまでモンスターに避けられた事のないそれで対応したんだ。
反射の際に用いる攻撃力によって、反射の威力が上昇するのも分かっている。
それに加えてローブ装備、AGI極振りという防御の薄さ。
つまり。
彼のHPが俺と同じ二割になるのも、当たり前という訳だ。
「あぁ!?何だよこのダメージは!!」
理解出来ない、というような叫びを上げるダスト。
「……はは、互角になったな」
「――ぁあ!?ふざけんじゃねえ!!」
雷脚。
それに対応出来た『高速戦闘』は、もう使えない。
……黄金の一撃で、削り切れなかった今。
迫りくる彼に、俺は何も出来ない。
「――『ダブルエッジ』!!!」
「っ――」
怒りの表情で、俺に武技を放つ。
俺はそれに――何も出来ず、タイミングを見誤り斧を空振りしてしまう。
直後、腹に到達するダストの武技。
「はっ、ザコが――!!」
彼が、勝ち誇った様に俺を見る。
実際、もう俺はHPがゼロになるだろう。
……『あの時』。
シルバーと出会い、俺が初めてPKKに成功した――あの時だ。
まるで走馬灯の様に、それは流れる。
絶望の中、俺を救ってくれたそのスキル。
《黄金の蘇生術を使用しますか?》
《81283Gを消費しました》
HPがゼロになった瞬間流れるそのアナウンス。
即回答、『YES』。
そして、間髪入れずに――
「――スラッシュ」
蘇生直後の、『商人』の決死の武技。
それが、彼に到達する――
「――ッ!!『エネミーバック』!!!」
こと無く、スキルによって寸前で逃げられてしまった。
彼の、その人並外れた反射神経により――全てを賭けた一撃は空振りで失敗。
……終わった。
もはや、俺に勝機は無い。
全ての力を使っても、ダストには勝てない。
なんて。
――そう、アイツらは思っているだろう。
『エネミーバック』……彼が発動したそれは、消えた後に俺の背後にワープするスキル。そしてそれは、ワープ直後に少しだが硬直を伴うのだ。
……さあ、最後の答え合わせをしよう。
何故、さっき武技を振ったはずの俺が、
「『スラッシュ』」
「――――はぁ!!?――がッ!!」
――『油断』。
プロゲーマーでも、勝ちを確信した瞬間にはそれがあるのだろう。
ほんの一瞬。その隙が己を刺すのは、ずっと昔に学んだ事だ。
冷静になれば気付ける事でも、今の彼には出来なかった。
蘇生直後に放った一撃は、ダストにそれを発動させる為の『ブラフ』。
つまり――
あまりにも単純なその罠は、昔俺が掛かったもの。
本物の武技は――たった今発動した。
「――く、クソッ、と、止まれ――!!!止まりやが――!!」
武技の青い軌跡が、硬直した彼の身体に到達する。
驚愕と焦燥が混じった表情のまま、HPが減少していくダストに向けて。
俺はこう、彼に告げた。
「『商人』を、舐めるんじゃない」
《ダスト様との決闘に勝利しました》
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