姉の決意
緊迫した雰囲気が室内に走る。
それはハルベリー姉妹だけでなく、アルナルドの側に座る幹部たちにも動揺を与えていた。
「なっ――!?」
妹が上げたその悲鳴に近い怒りの声を、ただ片手で制したのは意外にも……船長だった。
銃口を姉妹に向けていた水兵たちがそれを降ろすのを見て、バーディーは身を沈めようとする。この場からの脱出を試みようとしているのか?
アルナルドが面白そうにその行動を期待する中、彼女が取ったのは戦場で兵士が捕虜になった時に取る行為。
床に両ひざをつき、両腕を頭の後ろで組んで敵意がないことを示すそれだった。
「姉さん!?」
リンネは姉のそれを理解できないと非難の声を上げた。
「……リンネ。殿下に従いなさい。家族が救われるなら……これも尊い犠牲だわ」
「そんな。だって、約束を違えたのは殿下の方じゃない」
「殿下は家を救えると言われたのよ。私達の誰かを犠牲にしないとは言ってない、そうでしょう?」
「どうして……」
家を救うために身を犠牲にするなんて、それは貴族様の考え方でしょう?
そんなリンネの訴えはバーディーには届かない。
姉が取る行為は変わるような素振りがなかった。
「子供が大事なの。……ごめんなさい、リンネ」
「私はまだ、そんな気にはなれない」
殺意がこもった視線を飛ばすリンネは、戦場でいい働きをするだろうな。
銃口の脅威から船長の指示で一時的に逃げられた姉妹はどう動くかを迷う妹と、覚悟を決めた姉の即座の行動が面白いくらいに比例していた。
まさか船長の制止が入るとは思わなかったが……これはどうなるかな。
アルナルドは椅子に深く腰掛けると、姉妹にはまだ利用価値があるかもしれないと思い始めていた。
「陛下の兵である空師は独断での裁可は下せない、か。そういうことかい、船長?」
「申し訳ございません殿下。そのようになりますな、ところで殿下、あれはまずいかと」
「まずい? ああ、二人の生死のことか? いいだろう、別に」
「殿下、さすがに口約束でもそれを反故にすることは、臣下の信頼を損ないかねません。バーディーは中空師でもありますし……」
「幹部だからか? 特例を残すよりはいいだろう?」
「どちらとも言い難いですな、殿下」
大きくため息をつく船長は両端にいる部下たちの顔を見回した。
彼らの中にはアルナルドに失望に近いものを浮かべている者も少なからずいるように、彼には見えたらしい。いや、僕にもそう見えるけどね……と、アルナルドは思った。
嘘をつきたかったわけじゃないんだよ、船長。
それに僕に従ってくれているお前たちもそうだ。裏切りをしたいわけじゃない。
これも必要悪だから、仕方ないだけさ。
船長に負けず劣らずの大きな息を吐くとアルナルドは顔をあげた。
「いいか、お前たち――皇太子としての言葉を伝えておく」
「殿下?」
ざわっと部屋が動揺に揺れた。
これまでアルナルドが皇太子としての立場を明らかにして、自分たちに命じたからだ。少なくとも、この船に乗船してからの三週間。彼は依頼するという形でしか言葉を発したことはなかった。それは帝位継承権の最下層に位置する一人としての、彼なりの身を護る術でもあると思われていた。
それなのにこんな名言をするなんて……その場にいた誰もがアルナルドは皇帝位を目指すのかと思い始めていた。
「……帝位には興味がない」
「殿下……」
「済まないな、船長。昇進に結び付けられなくて」
「いいえ、それはお気になさらず。それよりも、何を命じられたいのですか」
「うん。ハルベリー姉妹の生死がいい機会になると僕は思っていた。ハサウェイの陛下の命令に乗った野心を満足させる行動を裁くにはそれがちょうどいいってね。しかし、どうやら誤認があったようだ。バーディー」
「え。あ、はい……殿下。何でしょうか」
「立つがいい。この茶番はもう止めだ」
「殿下、アルナルドさま? どうなさるおつもり――ですか」
こんなに短時間でコロコロと考えが変わる主人なんて誰も信頼することができない。バーディーとリンネから向けられた視線はそんなものを含んでいた。
ま、それも当然だろうな。
命を左右する命令がいきなり二度も下されたんだから。
「牢には入ってもらおう。ワインの件、この船に関する情報漏洩もそうだ。それに加担した罪でリンネ二等水兵も同様に扱う。だが――それを口実にハサウェイに渡すことは出来なくなったというところで、落としどころは出来ただろと思うんだが、どうかな船長」
「良い案かと存じます、アルナルド殿下」
「では、そういうことだ。バーディー、リンネと移動してもらおうか。君ならどうすればいいか、理解しているだろう?」
アルナルドの真剣な眼差しはまず憤りを隠せないリンネに向かい、それからバーディーへと向けられた。
リンネはそれから目を反らし、反抗を示す。だが、姉の方はそうでもないようだった。
じっと真意を測るようにそれを受け、彼女はゆっくりと立ち上がる。
それはこれまでで一番試すような問いかけだったかもしれない。
バーディーは腰に吊るしていた幹部のみが帯剣を許される短刀にそっと手をかけていた。
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