姉妹
ハルベリー姉妹の妹、リンネが侍女の一人、アイラに興味を持ったのはサラたちが船に乗船してしばらくしてからだった。
姉からまことしやかに噂を耳にしたからだ。
皇族であるアルナルドは親しくも人目にさらせない重要人物をこの船に乗船させるために帝国への帰還を遅くした、というそれはあまり多くない積み荷と数人の女性だという話だった。
姉は皇太子殿下の側で警護に当たる特別な任務を上層部から受けて配属されてきたから、情報には信憑性がある。
王国の友人を帝国に招待するために二週間近くも出港を延期したとは思えない。
余程の重要人物か、彼の大事な女性かもしれないわね?
その姉の漏らした一言が、姉妹の運命を大きく変えることになるとは、二人とも予期していなかった。
二等・三等の客が集まる食堂で交代時間になり、他に勤務を終えた仲間とそこを横切った時だ。
帝国臣民には珍しい赤毛のすらりとしたスタイルの良い、同世代の少女が目に入ったのは。
身に着けている服は一般人のファッションだったが、着こなしといい歩き方といい自分と同じ『訓練』を受けた同性だという印象だった。
加えてアイラは人懐っこい笑顔と屈託のない表情で明るさを押し出し、そのテーブルには二人ほどの商人たちが同席している。興味をそうそう広くもない食堂で会話に耳を傾けてみると、王国の料理が懐かしいとか、これからは主人と共に帝国で長く住むことになるとか。そんな他愛もない会話が流れて来て、一般客室に泊っている貴族の若妻にしては軽装だなと思ったものの
娘というわりには彼女の態度は仕事に就いている者、という感触が拭えない。
同僚に誰? と聞いてみると、出港間近に乗り込んだ乗客の付き人だ、という話だった。
「この出港を延期したのはあの子の主待ちだったってこと?」
「さあ、そこまでは知らないがそういう噂だよ。個別に警護も付いたぞ。そうとうな要人なのかもしれないな」
「ふうん……」
教えてくれた相手は一等客室にも出入りする下士官だった。
実際に目にしたのだろう、もう一人の付き人を俺は見たけどな? 彼は追加でそんな情報もくれた。
乗客と船員は個別の食堂で済ますのが一般的だが、このときはたまたま船員用の食堂が埋まっていて居合わせたことがアイラとリンネの数奇な出会いとなった。
あの子がその特別客……の一人に近しい人間。
皇太子殿下の覚えもいい存在で帝国に移住するなら、実家の後ろ盾になってくれないかな。
そんなことをふと思ったリンネはその後、部屋にいる姉を訪れた。
実家はここ数代で大きくなった荘園主で貴族ではないが上級国民としての地位と、これから伸びるだろう商会と悪くない商品を販売している。
ただ、長く商売を続けて来た商人たちにはさすがにかなわないから、有力貴族様の誰かにお力を頂きたい。
父親はそんなことを実家に戻るたびにぼやいていた。
「姉さん、今日ね……」
リンネの提案に同じように家のことを気にかけていた姉は悪くないかもしれないと頷いた。
ならこれを持っていきなさい。
そう言い姉のバーディーがリンネに渡した物。
それはアイラがサラに献上した、あのラベルにハルベリー商会の名前がついたワインだった。
※
「困ったことをしてくれたな」
アルナルドのくぐもった声が彼の部屋に静かに行き渡る。
数人の上官と船長を含めたクルーの顔に緊張が走る。
彼らの視線は二人の女性に注がれていた。
そのどれもが彼女たちの報告した行動を非難するもので、擁護しようというものは一つもないようにアルナルドには思えた。
自分が二人の臣下の未来を左右する決断を下す日がこんなにも早く来るなんて。
サラを迎えたことで落ち着いていた心が、またざわめき始める。
「……申し訳ございません、殿下」
「また――あの頃に逆戻りかっ」
「……は……?」
「何でもない。姉妹揃って余計なことをしたものだな、中空師」
「……申し訳ございません」
「まったく」
妹に目をやるとこちらは自分とほぼ同世代だ。
後悔の表情をたたえながら、どこか不満の色を瞳に浮かべている。
主君ならば自分の部下を助けてくれてもいいでしょう。そんな感じ取れてしまう。
確かに、侍女を通じてワインをサラに献上しただけなら、大きくとがめだてすることはない。
それだけなら、特別な利益を得ようとしたということで、軍籍をはく奪し、追放する程度で済むかもしれない。
姉であるバーディーと、愚かな客人ハサウェイの関係性がそこに大きな影を落としていた。
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