第60話


「セシリア、少し下がって……ちょっとあれは、面白いけど危ないかもしれない」

 魔力が戻ってきたリツは立ち上がると、その謎の生物を見て、警戒心を強める。


「ふえ? そ、そうなんですか?」

 小さな体でぽてぽて歩いているさまは可愛らしく、そんな様子は見られないが、リツが言うならとセシリアは数歩後ろに下がっていく。


「さて、こいつはきっと俺に用事があるんだろうな……なあ、お前は何者なんだ?」

 ソルレイクが残したものとあっては油断ならないとリツは謎の生物の一挙手一投足を確認する。


『きゅきゅ?』

 だが子犬のようなその生き物は愛らしく小さく鳴き声を出して、リツが何を言っているのかわからずに首を傾げているようにも見える。


「さっきセシリアは子犬って言ったけど、黒い毛玉のようにも見えるな」

 リツには目と口のようなものがあるため、犬にも毛玉のようにもどちらに見えている。


「……ふう、まあなにかあるんだろうから近づいてみるか」

 ソルレイクが用意したものであり、きっとなにかあるはずだが、彼のことだからリツに致命的な被害を及ぼすとは思えないため、警戒しながらもゆっくりと近づいていく。


 すると、それに反応するかのように毛玉がぼんやりと光を放っている。

 しかし、その光の色は黒かった。


「その色……闇の力、か?」

『きゅきゅっきゅ!』

 リツの言葉にその通りだといわんばかりに毛玉は喜んでぴょんぴょん跳ねている。


 それを見て、リツは毒気を抜かれる。


「これは……大丈夫そうかな」

「みたいですね」

 セシリアも同様であり、可愛い小動物のように感じている。


「でも、闇の力を持つこいつはなんなんだろ?」

 そう言いながらリツが手を伸ばすと、近づいてきた毛玉はぴょんぴょんとリツの手をつたって肩まで登っていく。


「うおっと、なんか懐かれたみたいだけど……」

「か、可愛いです!」

 リツは顔の隣に来た毛玉に戸惑いながらも悪い気はしておらず、セシリアは完全に心を奪われていた。


 すると、先ほどまで毛玉がいた祭壇に文字が浮かび上がっていく。


「えっと、名を与え、契約をせよ……って書いてありますね」

 セシリアが代読してくれる。


「つまり、俺がこいつの名前を決めて、契約をすればいいのか?」

『きゅー!』

 リツの言葉に毛玉は喜びの声をあげる。

 早く名をつけてほしいとねだっているようにも見えた。


「と言われても、名前かあ……」

『きゅきゅー!』

 毛玉は目をキラキラと輝かせて、名前をもらうのを心待ちにしている。


「きゅーすけは、さすがに鳴き声からもってきたのがわかりすぎるから……ダークルでどうだ?」

 丸と闇を組み合わせた名前。

 安易すぎるかもと思いながらも、リツは毛玉の様子を伺ってみる。


『…………』

 先ほどまでは鳴き声と動きで反応していたにもかかわらず、全くの無反応になってしまったことで、リツは目を泳がせてしまう。


(こいつは、ダメだったか……)

 まさかここまで反応がピタリと止まるとは思ってもおらず、リツは頭の中で色々な名前案を思い浮かべていく。


「嫌だったら別の……」

『きゅ、きゅきゅ! きゅーきゅー!』

 リツが別の名前を提示しようとすると、毛玉は慌てたようにぶるぶると身体を横に震わせる。


『きゅきゅ! きゅーきゅる!』

「ん? ど、どういうことだ?」

 毛玉の真意がわからず、リツは首を傾げるがセシリアには言いたいことがなんとなく伝わっていた。


「あの、多分気に入ったんだと思います。きゅーきゅるって言ってたのは、多分ダークルっていう名前を言ったんだと思います……ですよね?」

『きゅー!!』

 自分の言いたいことをセシリアが察してくれたため、毛玉は飛び上がってセシリアの頭の上に乗っていく。


「わっ! ふふっ、柔らかいですね!」

 それを手に持って抱えると、毛玉もまんざらでもない様子で喜んでいる。


「そか、それはよかった。じゃあ、お前の名前は今からダークルだ。俺の名前はリツ、よろしくな」

 言いながらリツがゆっくりと頭をなでると、リツとダークルの身体が光をはなっていく。


「きゃっ!」

 すると、ダークルはセシリアの腕の中から浮かびあがって、リツの前に移動しゆったりと浮遊している。


『きゅきゅっきゅ』

 ダークルは笑顔で契約を受け入れ、こうして二人の契約が結ばれた。


「ははっ、よろしくな」

 ソルレイクがなぜダークルとの契約をさせたのか真意はわからないが、それでも新しい仲間が増えたことにリツもセシリアも自然と微笑んでいた。


『おおおおお! 契約したんだね! このメッセージが流れるってことは闇の大精霊との契約に成功したんだね! さすがリツだよ!』

「うおっ!」

「きゃあっ!」

 祭壇から急にソルレイクの映像が浮かび上がる。

 大きな声で突然話しかけられた二人は驚いて小さく飛び上がってしまった。


「うるっさ! いきなり大きな声を出すな……ってそれより、今、なんかすごいことをサラッといってなかったか?」

「言って、ましたね……」

 リツとセシリアの視線がダークルへと集まっていく。


『きゅきゅ?』

 なにかあった? といった様子で首を傾げるダークル。その様子からは闇の大精霊という言葉は全くそぐわない。


『まあ、恐らくは本当に闇の大精霊なのか? とか思っていると思うけど本当だよ。まあ、ずっと封印されていたからこれから育っていくんだけどね。それより、なんでこんな契約をさせたんだ! とか思ってるでしょ?』

「あぁ」

 一方的なメッセージだとわかってはいるが、リツは返事をする。


『……僕は考えたんだよ。リツが消えた時、闇の力が急に君を飲み込んだでしょ。それで……もしかしたらまだその犯人や子孫はリツのことを狙うかもしれないって。で、闇に対抗するには闇の力を持っていたほうがいいと思ってね。その子の親の精霊に許可をもらってリツに力を貸してもらうことにしたんだ』

「……なるほど」

 ここまでさせたことには、それなり以上の理由があった。


 リツも、あの時はなすすべなくただ闇に飲み込まれたのを覚えている。

 しかし、ダークルがいてくれれば同じ状況に陥っても回避、もしくは防御できるかもしれない。


「はあ、色々説明不足なんだよなあ。先に言ってくれって」

『先に言ったら面白くないからね!』

 リツの反応を先読みした言葉を映像のソルレイクが口にし、リツはそれに苦笑していく。


 しかし、ソルレイクがリツのことを色々と考えて用意してくれたものに対して、彼は口にはしないが感謝の気持ちでいっぱいだった。



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