第20話


「ほんっっっっっとうにありがとうございました!」

 男たちが警備兵に連行されていったのを確認し、宿に戻ると女将は頭が床につくのではないかという勢いでリツたちに深々と頭を下げる。


「いや、そんな、全然気にしないでいいんですよ! それよりもさっき言った一部屋を通常料金で用意してもらえればそれで十分ですから」

 リツの目的はあくまで泊まることであり、泊まれればそれで満足だった。

 そのために自分から男たちへ割り込んでいったのであって、そこまで感謝されると打算で動いたことに申し訳なさを感じていた。


「もちろんです、すぐに用意します! テキル、新規の方よ。お部屋の準備よろしく」

「はーい」

 テキルと呼ばれたのは女将の息子であり、同じく犬の獣人である。

 リツより少し幼そうな感じではあるが、手伝いをするくらいにはしっかりした少年のようだった。

 奥から顔を出し、のんびりと返事をした彼は、リツたちに軽く頭を下げてから支度をするために階段を上がっていく。


「もちろん部屋代は頂きません。食事などもこちらで準備させていただきますので! 夕食は飯上がられましたか?」

 この質問にリツは、これだ! と店長の株をあげることを思いつく。


「はい、夕食はあちらのとおりにある食堂で頂きました。確か店名は『飯どころコズン』だったかと」

「あぁ、あのお店ですか! あそこは美味しいですよねえ」

 女将は知り合いの店に寄ってくれたことが嬉しいのか、優しい笑顔になっている。


「えぇ、こちらの宿を紹介してくれたのあのお店の店長さんなんですよ。ここの宿は、とても気配りができていていい宿だから、と。偶然とはいえ、店長さんがこちらを紹介してくれたおかげで、あの男たちをとっちめることができてよかったです」

 この流れは彼がこの宿を紹介してくれたおかげである、とリツは説明していく。

 セシリアもリツが言いたいことを察してニコニコ笑顔で見守っている。


「あ、あらあら、そうなんですね……あの方が……」

 結果的にあの店長のおかげで助かったことを実感した女将は頬を押さえ、ほんのりと赤く染めているように見える。


(これはあれだな。両思いだ。完全に好き合ってるだろ!)

 リツは表情に出さないようにはしているが、ニヤニヤしたい思いでいっぱいだった。


「母さん、準備できたよ。お客さんたちを案内しちゃってもいいの?」

 息子のテキルは仕事が手早く、すぐに準備を終えて戻って来た。


「テキル、ありがとう。それじゃ、この鍵でお願い」

「うん、それじゃお客さんたち。こちらへどうぞ」

 部屋の鍵を女将から受け取ると、テキルが二階にある二人の部屋へと案内してくれる。


『206号室』


 それが二人が今晩泊まる部屋だった。 

 テキルが改めて下で受け取った鍵で扉を開けて中へと入っていく。先ほどの支度はマスターキーを使用していたためだ。


「これが部屋の鍵です。えっと、さっき話が聞こえちゃったんですけど、あの飯屋のおっちゃんがここを紹介したんですか?」

「ん、あぁ、どこかいい宿がないかって聞いたらここを教えてくれたんだ」

「そっか……」

 それを聞いて、テキルはふーんと思いながらも悪くないなという表情になる。


「――もしかして、二人が仲良くしているのは賛成なのか?」

「うえっ!? ……えっと、うん、そう、かな。父さんは俺が小さい頃に亡くなって、それから女手一つで俺を育ててくれてさ。でもまだ若いし、ずっと苦労してきたんだから好きな人と再婚も考えていいんじゃないかなって……あのおっちゃんはちょっとガサツだけど、悪い人じゃないから……」

 その様子を見て、三人の関係はなかなか悪くないんじゃないかとリツとセシリアは微笑ましい気持ちになっている。


「きっといい方向に進むと思う。俺から見て、二人は互いに惹かれ合っているみたいだ。あとは、ちょっとの一押しがあればくっつくと思うけど、そこもきっと大丈夫なんじゃないかな」

 息子であるテキルがきっとその役割を担ってくれるだろうと、リツは軽く彼の頭を撫でた。


「それじゃ、これチップな。部屋の準備助かった」

「あ、ありがとうございます! 失礼します!」

 リツからのチップを受け取ると、テキルは笑顔で何度も頭を下げて部屋を出て行った。


 部屋に入って見まわしてみると、ツインのベッドにソファやテーブルなどの温かみのある家具が並び、穏やかな雰囲気だった。

 色合いが落ち着いており、豪華ではないが、客がゆっくり休めるような配慮があちこちに施されていた。


「ふう、これで店長にはお返しができたかな。さて、俺はこっちのベッド使うからセシリアはそっちでいいか?」

「は、はい!」

 振り返ったリツに対して返事をするものの、セシリアは部屋に入ってすぐの場所から動かない。


「どうかしたか? もしかして、具合が悪いとか?」

 なぜそのまま固まっているのかわからず、リツは立ち上がって彼女のもとへ行き、少しうつむき気味の彼女の顔を見ようと髪を手でどかそうとする。


「きゃっ!」

 そして、セシリアは驚きから小さな悲鳴をあげてしまう。


「あ、あぁ、ごめん。気安すぎたか……」

 距離感を間違ったのだろうと、リツは慌てて一歩下がって彼女から距離を取る。


「い、いえ、違うんです! 嫌とかじゃなくて、その、恥ずかしくて……」

 自分がそんな行動をしたことに驚いているセシリアは顔を真っ赤にしており、嫌悪感ではなく照れていることがわかる。


「あ……」

 思わぬ反応にリツも戸惑ってしまう。


 部屋の中に、微妙な雰囲気の、しかしながらやや甘めの空気が流れていく。

 だがなんとか切り替えようとリツが口を開いた。


「そ、そうだ。少し今後の予定について決めていこうか。ほら、セシリアはそっちのベッドに座って、ささっ!」

「えっ、は、はいっ!」

 リツは彼女の背中を軽く押して、ベッドへと移動させる。

 戸惑いながらも、やや強引に動かしてくれたことをありがたく思い、セシリアはなんとか自分のベッドへと着席することができた。


「とりあえず、最低限の準備と魔王城の情報をこの街で集めて行こう。距離的にセシリアの街よりもかなり近いから、城に行ったことのあるやつもいるはずだ。中の造りとか、戦力がどれだけあるかわかれば色々とやりようもあるからな」

 派手な挑発を一発かましたが、潜入は静かに行うことで魔王まですんなりとたどり着きたい――それがリツの考えだった。

 あえてまじめな話をしていくことで、先ほどのむず痒い雰囲気を振り払おうとする。


「……あの、本当にすみません。私のせいでこんなことにリツさんを巻き込んでしまって……」

 魔王と戦うきっかけが自分にあることを思い出したセシリアは、改めてこんなことになってしまったことを申し訳なく思い、膝の上でキュッとこぶしを握りながら深く頭を下げた。


「気にしなくていいって。どうせ、各魔王には会うことになると思ってたし、どうせ魔王なんて名乗るやつにまともなやつは少ないだろうから……あー、そうだ。セシリアに強くなってもらう訓練をしてもらわないと」

「はい!」

 強くなりたいという気持ちは既に確認しており、そのために何をすればいいのかセシリアはワクワクしていた。




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