第5話 謎のご令嬢

「こほん」


 俺の疑問符ばかりの表情に対して、反応したのは後ろ――執事らしい燕尾服を着た、初老の男性だった。

 片眼鏡モノクル越しの、鋭い眼差しで俺を見据える。


「申し訳ありませんが伯爵閣下。お人払いを」


「……人払い?」


 周囲を見る。

 目の前には、自称美少女のご令嬢。その後ろには初老の執事と、護衛だろう帯剣した若い男性が二人。そして向かい合う俺と、その後ろにイアンナだけだ。

 別段、人払いをする必要は――。


「端的に申し上げます」


「ええ」


「そちらのメイドは、信用できる人物で?」


「ああ……」


 なるほど、それを懸念していたのか。

 あまりにも馬鹿らしい言葉に、俺は肩をすくめる。こちらのご令嬢がどなたかは知らないが、その程度の常識もないのか、と。

 まぁ、確かにその懸念も分かるけれど。


「ご安心ください、イアンナは問題ありません」


「本当でしょうか?」


「ええ。我が家に雇った時点で、誓約ギアスを結んでいますから」


「その内容を伺っても?」


「ええ。『フリートベルク家に従うことで得た情報、その全てを他者に漏らすことを禁ずる』……この誓約ギアスを結んでいます」


 他の貴族家がどうなのかは知らないが、我が家は秘密だらけだ。

 そもそもバースの村の村民たちは知っているが、俺がアンデッドを作っているその様子ですら、アールヴの魔術書に拠るものだ。魔術に詳しい者が見れば、間違いなくアールヴの秘術であると分かるだろう。

 それに加えて、スケルトンによる工場制手工業マニファクチュアも、部外秘である。卸しているノーム商会も、俺がどこかで工場を経営しているものだと考えているだろう。

 そして最後に、クリスの存在だ。純血のアールヴが存在しているという情報は、決して他者に漏れてはならないものである。下手をすれば、『魔道院』の手によってクリスが解剖される未来すらあり得るのだから。


 ゆえに、イアンナを雇用する際にも、きっちり誓約ギアスを結んでいる。決して、我が家で得た情報を他者に漏らさないように、と。

 だからここで、どんな秘密を喋ったところで、彼女が漏らすことは決してない。

 そもそも貴族家で雇っているメイドというのは、大抵こんな風に誓約ギアスを結んでいるのが常識だ。


「なるほど。でしたら結構ですわ」


 そして、執事の代わりに言葉を発したのは、ソファに座る自称美少女の方だった。

 イアンナが、懸念する必要のない人物と分かってくれたからだろう。そのくらいは察してくれてもいいと思うのだが。

 こほん、とご令嬢が咳払いと共に居住まいを正す。


「それで、もう一度聞きますが」


「ええ」


「どちらさまで?」


「わたくし、ハイルホルン連合国が一つミシェリ王国の第二王女、アンネロッテ・ミシェリ=ハルドゥークと申しますわ」


「――っ!!」


 思わぬ名前に、言葉を失う。

 ハイルホルン連合国は、グランスラム帝国と国土を隣接する大国の一つだ。フリートベルク領とも、その領域を隣接している。

 そもそも大陸の覇権を争っていたグランスラム帝国が、その国土を巨大にしたことによって、対抗して四つの国が連合した結果の巨大国家だと聞いたことがある。今のところ帝国と戦端が開いているわけではないが、それでも潜在的敵国ではあるのだとか。

 そんなハイルホルンの一国、ミシェリ王国の第二王女――!


「な、な……何故、王女が……?」


「美少女と呼んでくださってもよろしくてよ」


「こほん……じょ、冗談はやめてください。ど、どうして……」


 そもそもフリートベルク領は、グランスラム帝国の中でも辺境だ。正直、この領地がどれほど隆盛を誇ったところで、帝国の中枢は何の興味もないだろう。事実、『聖教』と少しばかり揉めている状態でありながら、帝国側からは何も言ってこないのだから。

 そんな俺の領地に、ハイルホルン連合国が何の興味を抱いているというのか。

 わざわざ第二王女がやってくる案件など、全く心当たりがない。


「伯爵殿の功績は、わたくしどもの耳にも届いておりますわ」


「それは……」


「アンデッドであるスケルトンを用いて、領民が不足している農村の労働力に仕立て上げた。そして『聖教』の巡察団や『神聖騎士団』を相手に、アンデッドを用いて戦った……そのお話は、わたくしどもも存じております」


「……ええ、その通りです」


 慎重に、言葉を選んでそう返す。

 ハイルホルン連合国は、決して『聖教』の手先というわけではない。『聖教』自体は帝国における宗教の最大派閥だが、ハイルホルン連合国までその手は及んでいないだろう。むしろ、帝国発祥の『聖教』はハイルホルン側では受け入れられていないという話も聞いたことがある。

 しかし、そんな俺の答えに対して、王女――アンネロッテは、小さく頷いた。


「素晴らしいですわ」


「え……」


「我が国でも、農村の高齢化は社会問題でもありますの。若者は農村より都会に出ようとする傾向がありますし、どうしても全体的に高齢の農民たちが、我が国の食糧事情を支えてくれている状態ですわ」


「そ、そう、ですか……」


「助成金を出したり、新たに農地の開拓をする者に対しては税の免除を行ったりと、我が国としても様々な施策をしてはいるのですが、どうしても人数を確保することが難しくなっております。そんな中でわたくしは、フリートベルク領のお話を伺いました」


「はぁ……」


 農村の高齢化は、どこの国でも同じ社会問題であるらしい。

 実際に俺がフリートベルク領を継いだときにも、農村には高齢者ばかりだったのだ。事実、農村で生まれた家を継いだところで、ほとんど稼ぎにもならないというのが事実だったのだろうけれど。

 今はスケルトンが働いてくれるおかげで、その収穫量は右肩上がりだ。ゆえに、農村に再び戻ってくる若者も増えているのだと聞く。下手に都会で仕事を求めるよりも、農地を開拓した方が実入りがいいという理由だ。


「我が国の魔術師たちにも、スケルトンの作成を依頼してみたのですが……どうにも不可能であるらしく。魔術師の中には、アールヴの秘術だ、などと言っていた者もいたのですが」


「……」


「勿論、魔術師として秘匿すべきことを無理に聞き出そうとは思っておりませんわ。ご安心くださいませ」


「ええ」


 アンネロッテのそんな言葉に、頷く。

 アールヴの魔術書を持っているのかと、そう問われたらお帰りいただくところだった。物事の分別は理解しているのだろう。


「ですが、勿体ないですわ」


「勿体ない?」


「ええ。それほどの成果を、ただ帝国の辺境でしか行っていない。それは、あまりにも勿体ないですわ。たかが、『聖教』の聖典とやらに記載されている『邪教の使徒』が骸骨の姿をしているというだけの理由で」


「……つまり、何が言いたいんですか?」


「ええ」


 アンネロッテは、そこで頷いて。

 そして真剣な眼差しで、俺を見据えた。


「待遇は、まず辺境伯。こちらと隣接した、我が国のいくつかの領と統合して、現在の領地の三倍を約束いたしますわ。その上で、将来的にはハルドゥーク公爵位を約束しましょう」


「…………………………え?」


「分かりやすく申し上げますと」


 アンネロッテは妖艶な笑みを浮かべて。

 そして、告げた。


「この領地ごと、我が国に参りませんか?」


 それはつまり。

 俺とフリートベルク領に。

 グランスラム帝国を裏切り、ハイルホルン連合国につけと。


 そう、言っていた。

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