第4話 ジン、悩む

 七日間、俺は仕事と魔術の修行をしながらずっと考えていた。


 マートンの村を先駆けとした、食肉の生産地となるべき場所のリストアップは済ませた。気候を考えてどのような家畜がいいか考えつつ、スケルトンホースの定期便が通る道であり、水源が近い場所を探すというのはなかなか苦労するものだ。

 まぁ、フリートベルク領は大河ケイーイ川が流れているから、水源にはほとんど苦労することがないんだけど。


「……うーん」


 そんな食肉の生産地候補を、地図の上にピンで留める。

 先日は、モカネート領とアンドゥー領から五十人ほど流民がやってきたのだと聞いた。特にアンドゥー領は最近、飢饉が起こって餓死者が多数出たという報告も聞いている。そんな彼らが新天地を求めて、フリートベルク領にやってきたのだとか。

 こちらとしては、領民が増えれば働き手が増えてくれるし、それだけ生産量も増える。特に、畜産の経験がある流民は貴重だ。ウルージの話によれば、馬の生産に携わったことのある流民が何人かいたということで、今後は馬産も行えるかもしれないらしい。

 ひとまず流民は、新しく作る村の開拓メンバーに入れる形にして、現状はフルカスの街からやや離れた仮設住宅で暮らしてもらっている。下手に現状の農村に新しい者を入れて、村八分になられては意味がないからだ。


「……分からん」


 まぁ、そんな風に領地の運営は順調だ。順風満帆と言っていいだろう。

 マートンの村にもようやく大工の手が入り、既に一軒二軒ほどは家が建っているのだとか。この調子でいけば、一月後には立派な村になってくれるはずだ――そうも言っていた。

 だが、そんな順調な領地の運営と相反して、俺の心のしこりは全く消えてくれない。

 それは勿論、偽銀貨のことだ。


「本当に正解なんてあるのかよ……」


 段々、そう独り言を呟くのが癖になってきた。

 それくらいに先が暗い、まるで暗闇のような問題なのだ。どれほど考えても、良いアイディアが浮かんでくれない。


 状況を、改めて整理しよう。

 俺は、偽の銀貨を作った。具体的に言うなら俺でなくクリスだが、俺の屋敷で作られたものなのだから俺の責任である。

 そもそも金というのは、国がその価値を認めることで成立するものだ。国が定めた貨幣の価値に従い、人々は買い物を行う。ゆえに貨幣というのは偽物を作ることが非常に難しいし、下手な素人仕事で作ったものは初見でばれるだろう。


 そんな偽金を作った俺は、間違いなく犯罪者だ。

 そして、そんな偽銀貨は既に市場に流れてしまっているし、その事実を国の上層部が掴んでいる。今更、もみ消すことはできない。

 何より、銀貨というのが最悪なのだ。

 金貨ならば、使った店にしか存在しない。使った店の者が、他の店と取引をする際に流れるだろうけれど、その流通は緩慢だ。

 だが、銀貨は違う。銀貨は純粋に、金貨での買い物を行った際のお釣りとして使われるのだ。つまり、金貨と比べてその流通する速度は非常に速い。

 俺が知らないだけで、下手をすれば国の全域にまで流れている可能性すらあるのだ。


「……」


 エレオノーラは、「自首しろ」と言った。

 事実、エレオノーラの言う通り、この地にクリスが――アールヴがいることは、間違いなく察知されるだろう。そして俺が、そんなクリスに偽の銀貨を作らせたことは、状況証拠から見て明らかだ。

 いずれは必ず、露見する。ならばその前に自首をする方が、罪は軽くなるだろう。それでも、十数年の禁固刑には架せられるだろうけれど。

 今、俺が領地を離れるわけにはいかない。


「はぁ……」


 溜息を吐く。

 エレオノーラはまるで、逆転の一手があるかのように仄めかしていた。だけれど、どんなに考えてもその方策は出てこない。

 一体何をすればいい。一体どうすればいい。

 この七日間、ずっと考え続けているというのに、答えは全く出てこないのだ。


「……ん?」


 扉は閉め切っているけれど、ごんごん、とドアノッカーの鳴る音が聞こえた。

 どこか違う世界で響いているような感覚だけれど、間違いなく我が家だ。来客の予定はなかったはずだが、誰が来たのだろうか。

 まぁ、わざわざ俺が出なくても、昼間ならイアンナが出てくれるだろう。

 俺は再び、思考の海へと身を委ねる――。


「旦那様」


「ああ、多分そうだと思ったけどな」


「お客様でございます」


「だろうね」


 はぁ、と小さく溜息を吐いて立ち上がる。

 イアンナが出て、相手をしてくれるのは押し売りくらいのものだ。徴税官のウルージだとか、町長のアンドリューさんだとか、そういった相手が来客した場合は必ず俺のところに来る。

 そして悲しいかな、我が家の来客は大抵その二人だ。どんなに肝の据わった商人でも、さすがに領主の家まで押し売りに来る者は滅多にいない。

 だから結局、俺が重い腰を動かして来客の相手をしなければならないのだが。


「で、誰が来たんだ?」


「はい。知らないお方です」


「知らない人?」


「はい。見たことはありませんが、領主様にお話があると」


「……そっか」


「ひとまず、応接間に通しておきました」


 知らない人なら、せめて玄関先で待ってもらいたいものだけれど。

 まぁ、イアンナが応接間に通したということは、それだけ重要な人物だということだろう。相手の心当たりがさっぱりないけれど。

 ひとまず、イアンナを伴って俺は玄関から最も近い部屋――応接間を軽くノックした。


「どうぞ」


 中から聞こえてきた、そんな鈴が鳴るような声と共に、扉を開く。

 綺麗に掃除された、赤い絨毯の応接間――そこに設置されたソファに座る、恐らく高位の貴族であろうご令嬢の姿が、そこにあった。

 御丁寧に、その後ろには帯剣した護衛の兵だろう男が二人、それに燕尾服を纏った初老の男性が立っている。

 恐らく、一人では外出することすらも許されない身分――その状況証拠に、意図せずして唾を飲み込んだ。


「失礼……俺に用事だと聞いたが」


「ええ。お会いしたかったですわ、伯爵閣下」


「ジン・フリートベルクだ。イアンナ、お茶を淹れてくれ」


「承知いたしました」


 恐らく、クリスはどこかの部屋で隠れていてくれているだろう。

 とりあえず、来客があったら姿を隠すように言ってある。


「それで、どちらさまで?」


「ええ」


 ご令嬢は、その美しく後ろに流した金色の髪を、ふぁさっ、とかき上げて。

 きらんっ、とまるで流し目のように鋭い眼差しで俺を見据え。


「わたくし、美少女としてこの世に生を受け、美少女として蝶よ花よと愛でられ、美少女として人生を謳歌する、美少女ですわ」


「……」


 ええと。

 つまり誰だよ。

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