第34話 駆動巨人

「これは……凄まじいな」


 五千人もの規模で侵攻してきた『神聖騎士団』――それが巨人の手によって蹂躙される様を眼下に捉えながら、俺はそう呟いた。

 眼下、である。

 俺は『神聖騎士団』よりも遥かに高い目線で、彼らを見ているのだ。何故なら、今俺がいるのは。

 巨人の頭蓋骨――その内部である。


 俺の手元に、複雑に絡まるように存在している魔力の糸。それを僅かに手繰ると、それと共に巨人が腕を振り上げる。俺の足に絡まる魔力の糸を動かすと、巨人が一歩踏み出す。

 ここまで言えば、もう分かるだろう。

 今、巨人の体を魔力によって操っているのは、俺である。


「ぎゃあああああ!!」


「助けてぇぇぇっ!!」


「畜生ぉぉぉぉっ!!」


 重なる、『神聖騎士団』の騎士たちの悲鳴。

 巨人が動くたびに、その先頭にいた者たちが吹き飛ぶ。俺が操る、踏み出した足で何人もが潰される。俺が操る、巨大な腕での一薙ぎで何十人もの命が消えてゆく。

 巨人をスケルトンにすれば、最強の戦力になってくれるはずだ――そう考えていた想定は、間違いではなかった。

『神聖騎士団』は後退を始めているものの、巨人の一歩は人間のそれよりも遥かに大きい。つまり、どれほど逃げたとしても巨人の方が遥かに早いのだ。人間をそのまま巨大なサイズにすれば、それは自明の理である。


「……」


 彼ら『神聖騎士団』の中には、良識的な人物もいるのかもしれない。ただ騎士団に所属しているだけの傭兵もいるのかもしれない。

 だが、彼らの目的はフリートベルク領の『浄化』――つまるところ皆殺しだ。そんな相手に手加減を行うほど、俺はお人好しではない。ゆえに心苦しい気持ちはあるも、俺は無慈悲に巨人を動かす。

 その腕が振るわれるたびに、その足が踏み出されるたびに、騎士が吹き飛び、潰れ、屍が生まれ続けるだけだ。


「苦労して、作った甲斐があったな……」


 何度も何度も、この骨に俺の魔力は全て吸収された。その日々を重ねて、必死に作ってきた。その結果、魔力を全く持たないと知った日には絶望すらした。

 だが、そのときに浮かんだ天啓は、正しかった。

 エレオノーラだけが使える、魔力を持たない物質に魔術を刻む方法――『刻印魔術』。

 それを全ての巨人の骨に刻み、骨と骨を固着させ、骨全体を自在に操作することができる魔力の糸を編んだのだ。その糸が集約されているのが、頭蓋骨の内部――俺が座っている場所である。

 僅かに魔力の糸を動かすだけで、自在に操作することができる巨人。

 エレオノーラ曰く、「最初から、そういう想定で作られていたものかもしれないね」とのことだった。エレオノーラが考えている以上に、『刻印魔術』により操作の糸を編んだときの感覚が、よりスムーズだったらしいのだ。

 もっとも、さすがに全てのパーツに『刻印魔術』を刻んでもらったから、魔力のほとんどを使ってしまったらしいが。その後に、「あたしをこれだけ働かせたんだ。覚悟しとけよ」と言われてしまった。俺は何を覚悟すればいいのだろうか。


「くそっ! 傷一つつかねぇ!」


「聖なる篝火で祝福を得た武器のはずなのにっ!」


「堅ぇっ!」


 騎士団の面々が、巨人の足元へと攻撃を仕掛けてくる。

 スケルトンとの戦いを想定してのものだろう、斧や槌を主とした武装だ。それで必死にカンカンと巨人の足元を叩いているが、全く効果はない。巨人の骨が持つそもそもの硬度もあるが、俺はさらに念を入れたのだ。

 それは、エレオノーラの店にあった小瓶――『ミスリル粉』。

 その、クリスによって作られた複製品を触媒に用いて、巨人の骨には全て『硬化ソリッド』の魔術をかけているのだ。恐らく三日間程度しか持続しないだろうが、それでも並の武器では砕くことができないほどの硬度になったと思う。

 そこまで万全の姿勢を作ってから、俺は迎撃に入ったのだ。


 あくまで想像でしかないが、神話に存在した巨人というのも、本当は魔力を持たない存在だったのかもしれない。

 魔力を持たない巨大な人型の存在を、魔力の操作に長けたアールヴが操り、人間たちを蹂躙していた。そして、彼らの暴虐を許すまじと立ち上がった別のアールヴたちにより、神話に刻まれる『亜人大戦』は行われたのではないだろうか。

 もっとも、それは俺の妄想でしかない。巨人の骨が魔力を持たない、生物としてありえない存在であり、エレオノーラが『刻印魔術』をスムーズに刻むことができたこと――その二点から想像できるだけの、ただの仮説だ。そして、その仮説を証明してくれる存在はどこにもいない。


「ふぅ……」


 魔力の糸を操り、巨人が暴虐を続ける。

 一挙手一投足で、騎士団は瓦解してゆく。後ろの方では、散り散りになって逃げてゆく姿も見られた。彼らによって、『聖教』の中枢に巨人の情報は伝わるかもしれない。

 だが、もう俺は決めたんだ。

 俺は領主になる。そして、『聖教』と戦う。

 また来るのなら、何度だって巨人で迎撃してやろうじゃないか。


「ぐわぁっ!」


 騎士団の中の一人、一際派手な鎧を着た者を、その巨大な掌が掴む。

 恐らく指揮官だろう。それが捕まったことによって、下の方から「将軍っ!」と叫ぶ声が聞こえた。

 かん、かん、と足元で骨を叩く音は続くが、無視して俺は将軍らしい男を、頭蓋骨の前まで持ってくる。


「よぉ」


「なっ……なっ! 人間っ!?」


「お前が指揮官か?」


「き、貴様はっ! 一体っ!」


「質問をしているのはこっちだ」


 きゅっ、と人差し指を動かす。それで巨人の掌は、より強く指揮官を締めた。

 びきびきっ、と指揮官の鎧に罅が走る。


「ぐはっ!」


「もう一度聞く。お前が指揮官か?」


「そ、そうだっ! し、『神聖騎士団』、団長っ……だっ!」


「分かった。それじゃ、お前は生かして帰してやる」


 どうせ、後方の騎士はもう逃げている。情報は、中枢に伝わる。それは間違いない。

 だったら、こちらから脅しをかけておく方が良いだろう。


「その代わり、『聖教』の本部に伝えろ。一番偉い奴に、間違いなく」


「そ、それはっ……!」


「フリートベルク領は、『聖教』の一切を拒否する。『聖教』の者が入領することも禁ずる。それでもこちらに向かってくるなら、容赦はしない。『聖教』の者がフリートベルク領に入れば、人権はないと思え……そう伝えろ」


「ぐっ……」


「伝えろ」


 さらに、人差し指を折る。

 びきびきっ、と鎧には亀裂が走り、指揮官の口からごふっ、と血が漏れた。


「わ、わかっ、たっ! 間違いなく、伝えるっ!」


「だったらいい。さっさと、そこの連中を連れて帝都へ帰れ」


「わ、かっ、たっ……!」


 巨人によって蹂躙したのは、およそ半数といったところか。

 あとは、スケルトンに命じてこの死体たちを処分しよう。『聖教』の息が掛かった兵士の死体なんて、アンデッドにもしたくない。

 下ろしてやった指揮官は、全軍に「撤退っ! 撤退するっ!」と叫び、『神聖騎士団』が背中を向けて逃げ出すのを見送る。まるで指揮官のそんな声を待っていたかのように、騎士は総出で逃げ出していた。


「……」


 これで、一連の騒動は終わりだ。

 村人には、ただ領主が再び俺に変わったと伝えればいいだろう。

 何の損害も、何の被害もなく、ただ何事もなく領主が変わっただけのことだと、そう思ってもらえればいい。


 ただ、エドワードはまだ生きている。

 また戻ってきて、馬鹿なことを言い出すかもしれない。言い訳をひたすら並べるかもしれない。

 だが、二度と。

 俺は二度と、領主を譲るなんて馬鹿な真似はしない。

 そう、決めた。 

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