第6話 挨拶

 スケルトンホースの乗合馬車が、バースの村に到着した。


 馬車の御者は、交代で村人に行わせている現状だ。普段、俺は伯爵家の馬車で遠出を行っていたため、実は乗るのが初めてだったりする。だが案外盛況であるらしく、カノーの町からも何人かの乗車があった。恐らく、里帰りとかに利用されているのだろう。

 特に身分を明かしたわけじゃないし、御者をしていたのも面識のない村人だった。だが俺以外の者にも運賃などは請求することなく、無料で提供してくれているらしい。ちゃんと、俺との約束を守ってくれているようだ。


「ふぅ……」


 満員だった馬車から降りて、大きく背筋を伸ばす。

 バースの村はカノーの町から最も近い農村であり、『聖教』関連のいざこざで、俺が村人全員を不死者ノスフェラトゥにしてしまった村だ。今日も今日とて、貫頭衣のような簡素な服を着たスケルトンと、精悍な村人たちが畑仕事をしている。

 俺が伯爵位を失い、領主としての立場でなくなっても、こうして農村は普段通りの様相を見せている。


「さて……」


「おんやぁ! ご領主さまだべ!」


「ご領主さま!?」


 一通り見てみるか――そう思って村の中に入った瞬間に、村人のそんな声が聞こえた。

 月に一度は顔を出していたし、村人にも覚えられているのだろう。そんな村人の声に誘われて、他の村人たちも次々と顔を出してくる。

 そんな中に、若く凜々しい顔立ちをしたランディ村長の姿もあった。


「これはこれは……お久しぶりです、ご領主さま」


「ああ、久しぶりだな。変わりはないか?」


「はい。わしら、以前と同じように働かせてもらっております」


 恭しく俺に挨拶をしてくるランディ村長と、隣で同じく頭を下げる妻のラッチ。

 そんな彼らに追随するように、三体のスケルトン――恐らくスケ坊とリー坊とヤン坊であろう彼らも、俺に頭を下げていた。


「少し、話があるんだが……」


「何かございましたか?」


「ああ……これから村に布令が出ると思うが、俺は今回、領主を退任した。今後、領主は兄のエドワードが継ぐことになった」


「えぇっ!」


 ランディ村長が、そう驚きの声を上げる。

 まぁ、いきなり領主が変わるなんて、大事件だろうし。近々領民議会は開かれると思うけれど。


「あ、あの、ご領主さまがもうご領主さまじゃないってことは……ええと、どうなるんですかい?」


「どうなるんだべか」


「ご領主さまが変わったら、わしら何か変わるんべか?」


「わかんねぇべ」


 ランディ村長の疑問に、他の村人たちも追随する。

 実際のところは、俺もよく分からない。ただ彼らにとって、税を納める相手が変わるだけのことなのだろうか。特に領主が変わったからといって、農村に影響があるとは思えない。

 ただ言えるのは、兄さんにスケルトンを作ることはできない。つまり今後も俺が、農村にスケルトンを提供しなければならないということだ。


「まぁ、実際のところは伯爵が俺から兄に変わるだけだ。農村の暮らしに、大きな影響はないと思う」


「でしたら良いのですが……」


「今後も、俺は定期的に来る。そのときに、スケルトンの不備や不足があれば言ってくれ。今までみたいに、月に一度は来られなくなるが……」


「承知しました。わしらは、変わらずに仕事をやっていればいいってことですね」


「まぁ、うん。そうだな」


 農村にしてみれば、伯爵が変わったところで特に問題などはないだろう。

 俺が今まで通り、帰省したタイミングででも村を回って、スケルトンの不足などあれば対処したのでいいと思う。そもそも月に一度来ていたけれど、スケルトンの動き自体に不備はなかったのだ。

 だから、今でも動力が不明なのだが。俺が最初に込めた魔力だけで、今も動いてくれているのだろうか。

 まぁそのあたりは、弟子入りしてから聞くことにしよう。エレオノーラさんなら、俺よりもアールヴの魔術に詳しいだろうし。


「しかし、ご領主さま……ええと、もうご領主さまじゃないんですね。ジン様……でよろしいですか?」


「ああ」


「わしらも、噂くらいしか聞いていないんですが……エドワードさんというのは、駆け落ちして領地を逃げ出した、とか…」


「……」


 ランディ村長の言葉に、思わず言葉に詰まる。

 その言葉は、事実だ。だが兄さんは、対外的には病気で静養していたことにするつもりである。

 だったら俺も、そのように振る舞うべきか。

 嘘を吐くのは、正直あまり好きじゃないんだけど。


「兄は……その、病気でな。病気が良くなったから、代理で領主をしていた俺の代わりに、正式に領主になることになったんだ」


「ジン様は、代理だったんですかい?」


「ああ、そうだ。兄は、前領主の父から領主としての教育を施されている。だが不慣れなこともあるだろうから、村の方で何かあったら補佐してやってくれ」


「はぁ……わしらに何ができるかは分かりませんが……」


「頼む」


 ランディ村長に、頭を下げる。

 俺はもう、今後領地のことに関わることができない。せいぜい、たまに来てスケルトンを渡すくらいしかできないだろう。

 だからあとは、兄さんと領民たちを信じるだけだ。


「そ、そんな、頭を上げてください、ジン様……」


「すまない……本当は、俺が責任を持って領地を富ませるべきだったんだろうが……」


「ジン様が、そんな風に謝られる必要はありません。わしらは、ジン様のおかげで豊かになりました。働いても働いても何も手元に残らない、あの頃に比べれば天国です。ジン様の慈悲があって、わしらは生きているんです」


「……ありがとう」


「いえいえ。わしらの方が本当に感謝せねばなりません。本当にありがとうございます、ジン様」


「……」


 ランディ村長の言葉に、涙が出そうになる。

 俺がやってきたことは、こんな風に感謝して受け止められている。そう考えると、この二年間頑張ってきた甲斐があった。


「ジン様は、本当にお優しい方です。きっと、新しいご領主さまもお優しい方なのでしょうね」


「ああ……」


 ランディ村長の言葉に、俺は頷く。

 兄さんなら、きっと。

 俺よりももっと上手く、領地を富ませてくれるだろう――。











 その後、俺はそれぞれの村を回って、俺がもう領主でないこと、そして次の領主がエドワード兄さんになったことを告げた。

 村人の反応は様々だった。ある村では「ご領主さまにまだ恩返ししていませんのに!」と泣かれ、ある村では「感謝に、感謝に堪えません……!」と頭を下げられ、ある村では「こんなにもお優しいご領主さまは、初めてでした……」と惜しまれ。


 心から、本当に思う。

 領主になって二年、辛く苦しいこともあったけれど。

 やってきて、良かった。

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