エピローグ
結局、村人たちは元通りバースの村に戻ることになった。
俺がアンデッドとして蘇らせてしまったために、今後粉々に破壊されない限りは死なない体になってしまった村人たちである。俺は心から申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、当の本人たちはそれほど気にしていなかった。
むしろランディ村長など、「じゃあ、これからもご領主さまのお役に立つことができるんですね」と好意的な反応だったし、他の村人たちも「わしらで村を守れるべなぁ」「死なねぇからいっぺぇ働けるべ」など言っていた。本当にそれで良いのだろうか。
あとは、クリスと同じく彼らも食事と睡眠を必要とするらしい。スケルトンは不眠不休で働けるけれど、
そして季節は巡り、再び俺たちは、冬を越えた。
「今月の税でございます、ご領主さま」
「ああ」
いつも通りに、徴税官のウルージから目録と現金を受け取る。残念ながら綿花は秋にとれるものであるため、今月はヤーブの村からの綿花はない。
もっとも、スケルトンたちによる
そして各村からの徴税額も順調に増えていっており、親父から受け継いだときの倍くらいにはなっているだろう。年間で、純利益にして金貨五十枚は出るようになった。しかも衛兵や憲兵も引き続き雇用を続けながらであり、それだけ村の生産力が増したことが知れる事実である。
もっとも、金貨五千枚という莫大な借金を返済するためには、まだまだ領地の発展が必要になってくる。今だけでなく、もっと未来を見据えた改革をしていかねばならないだろう。
「今年も、冬を越えましたな」
「そうだな」
「それぞれの村に聞いてみましたが、餓死者も病死者もいなかったとか。これも全て、ご領主さまの手腕によるものです」
「ならば良かった……できれば、もっと人口が増えてほしいと思うけどな」
「これから、発展してくれるでしょう。フリートベルク領の噂は、近隣の村にも届いているはずですから。富めるところに人は集まり、貧しきところから人は去ります。人が集まればそれだけ農地も広がりますし、生産量も上がります」
「だと、いいけどな」
ふぅ、と小さく嘆息。
「『聖教』は?」
「現在のところ、こちらに手を出してくる様子はありません。巡察団が全滅した件も、我々は与り知らぬことと通しております。街道の警備も厳重にしましたし、全ての村にご領主さまから軍が派遣されていますので、突然襲撃を受けたとしても問題なく対処できるでしょう」
「ならば、いい。引き続き、厳重に警戒を続けるようにしてくれ」
「承知いたしました」
巡察団を殲滅してから、俺はすぐに動いた。
街道の警備兵を増やし、特に『聖教』関係者は絶対に通さないように、もしも『聖教』関係者が来た場合は俺に伝えるように厳命した。以降は『聖教』の巡察団らしい者が領内に入り込んだ記録はない。
だが街道を通らずに『聖教』が送り込んでくることも危惧して、それぞれの村に防衛のための一軍も派遣した。具体的にはデスナイトが三体と、スケルトンが二十体――それぞれクリスが複製した武器を持たせて、村の警備にあたらせているのである。こちらについては、既にスケルトンが農作業を行っている村々からすれば、「なんかまた増えるらしいべ」くらいに受け止めてもらえた。
むしろ、バースの村が皆殺しにされたという報を聞いていたそれぞれの村からすれば、次に標的となるのは自分たちではないかと恐れていたらしい。その矢先に、俺から防衛のための軍が送られたため、むしろ喜ばれたくらいである。
そんな、盤石な姿勢を作った。
「それでは、私はこれで」
「ああ。来月もよろしく頼む」
「ええ」
ウルージが一礼して、屋敷から出ていく。
俺が領主になって、これで二年だ。まだまだ領内には改善すべき点が多くあるし、やらなければならないことは山積みである。
富めば富むほど人は流れてくる。それはウルージの言う通りだが、その流れてくる人が全て歓迎すべき相手というわけではない。中には、フリートベルク領が富んでいるという話を聞きつけた盗賊がやってくるかもしれない。
何より、今までは国境を隔てていても見向きもしなかった隣国――ハイルホルン連合国も、こちらを狙ってくるかもしれない。もしもそうなれば、ハイルホルン連合国とグランスラム帝国による戦争が幕を開けてしまう。最前線を、この地として。
「はぁ……」
「ごしゅじんさま」
「……ああ、クリスか。悪い」
「はい。おちゃ」
すっ、と俺の前にお茶を出してくれるクリス。
まだ湯気の立っているそれは、間違いなく茶葉から入れたものだ。そしてカップと一緒に出された小皿の上には、数枚の焼き菓子が乗せられている。
二年前にはお茶を出すことさえ贅沢だったというのに、随分と贅沢になったものだ。
ずずっ、と一口啜る。
ほのかな甘みと酸味が舌を撫で、紅茶の香りが鼻を抜けた。
「ごしゅじんさま」
「ああ」
「まだ、しごと?」
「ちょっと、もう少しやることがあるな」
糸の生産は割と、問題なく進められている。
だったら次は、食料品の加工だ。単純作業で作ることのできる保存食ならば、スケルトンでも作ることができるだろう。
さらに親父の代で廃村となった村がいくつか残っているため、流民がやってきた際には農地を与えてやるという名目で、廃村を復活させる作業に勤しませるつもりだ。その村を復活させることができれば、さらに財政も潤ってくるだろう。
そして、畜産も進めていくつもりだ。現在のところフリートベルク領では農作物しか生産できていない状態であり、食肉については完全に他領からの輸入に頼っている。この自給率を少しでも上げることができれば、より我が領は盤石なものとなるだろう。
まったく。
やるべきことが多すぎて、溜息しか出てこない。
「ごしゅじんさま、いそがしい」
「まぁ、そうだな。もう少し、悩み事が減ってくれりゃ助かるんだけど」
食料品を加工するためには、割と大きい工場を建てなければならない。さすがに糸紡ぎと違って、食料品は領民が口にするものなのだ。そのため、衛生面に最大限の配慮をした工場を作る必要がある。そして、さすがにその全てをスケルトンに任せるわけにいかないので、何人かは人足も雇う必要があるだろう。工場長とか。
さらに畜産に関しては何のノウハウもないため、専門家を招聘する必要があるかもしれない。もしくは、他の領地で畜産をしている者をヘッドハンティングするとか。
あとはやはり、他の領主と親交を深めることだ。他の領地から流民がやってきて、良い顔をしないのは元の領地の領主である。こちらは人口が増えて助かるけれど、向こうは人口が減ってしまうのだから。
そのためにも、帝都で開かれる夜会とかそういうのに参加しなければならないだろう。時折誘いの手紙は来ていたのだが、金がないので断っていたのだ。今は少しなら金の余裕も出来てきたことだし、参加するのも手だろう。
ああ、もう。
「ごしゅじんさま」
「うん?」
「うれしそう」
「……」
クリスの言葉に、ふふっ、と笑みが溢れる。
そりゃそうだ。嬉しいに決まってるじゃないか。
俺が何をすれば領地が富んでくれるのか。俺がどう改革をしていけば、領民がさらに豊かになってゆくのか。
考えれば考えるほど、楽しい。
「クリス」
「はい」
「これからも、俺を支えてくれ」
「はい、ごしゅじんさま」
まだまだ、やるべきことは多い。
アンデッドから始める産業革命は、まだ始まったばかりなのだから――。
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