第29話 急報
「
今日も今日とて、俺は相変わらず魔方陣の部屋でスケルトン作成をしていた。
もう十分にスケルトンは各村に配備させたと思うのだが、先日嘆願が来たのである。セッキの村とヒヤンの村から、もう少し牛スケルトンを派遣してほしいと。
その数、合計で二十体。
俺の魔力量では一日に最大で十体、枯渇しないように調整して一日七、八体ということもあり、スケルトンを作ること既に三日目である。別段切迫もしていない状況であるため、クリスからの魔力補充もなしだ。さすがに、俺も無駄に魔力酔いの吐き気と頭痛と息苦しさに悩まされたくない。
で、俺はいつも通りに牛スケルトンを作っていたわけなのだが。
「えぇ……」
「かわいい」
「まじかぁ。一回分無駄にしちゃったじゃないか」
そんな俺が作った牛スケルトン、十八匹目。
それは何故か、俺の腰ほどまでしかないほど小さい牛スケルトンだった。
恐らく、仔牛の骨だったのだろう。仔牛の肉は成牛の肉よりも柔らかく、金持ちによく取引されるのだと聞く。そして、その肉も本来の牛の量よりも遥かに少ないため、単価が高いのだとか。だから俺、今までの人生で仔牛の肉とか食べたことない。
肉屋でも、少なからず仔牛の肉は扱っているのだろう。今まで一度も仔牛はできなかったから、ちょっと油断していた。
「モー」
「ったく……じゃあ、この残りの骨の中に、まだ仔牛の骨があるってことか」
「あたらしいの、もらう?」
「どうしようかな……」
さすがに、魔力の十分の一を使って牛スケルトンを作っているのだ。これが仔牛だと、農村でも役に立たない。そして、役立たずに使う魔力の余裕などないのだ。
我が家の財政もそれほど悪くはないし、税収もかなり上がっている。何せ、ちゃんと毎日三食、ちゃんと料理をしたものを食べられる程度に余裕ができてきたのだ。勿論、その料理を作っているのは俺だが。
クリスに以前料理をお願いしてみたのだが、アールヴであるクリスには料理の概念がなかったようで、生肉をそのまま出されてしまったのである。そしてクリスは嬉しそうに生野菜を食べていた。以降、料理の担当は完全に俺である。
「肉屋の親父に、また新しい骨を貰おうか。それで、明らかに成牛だろう骨だけでスケルトンを作る形にしよう」
「はい。かってくる」
「そうだな。肉は、適当なのを色々買ってきてくれ」
「はい」
買い物は、基本的にクリスの役目だ。
最初は俺も付き添ったけれど、問題なく肉屋でも八百屋でも買い物をすることができたため、それ以来クリスに全て任せている。もっとも、任せきりにすると野菜しか買ってこないため、ちゃんと毎度肉もパンも買ってくるように言っているけれど。俺も若い男だから、野菜よりも肉が食べたいんだよ。
ちなみに、そんなクリスの服も大きく変わった。
今まで俺が子供の頃に着ていた服を着させており、まるで男装の少女みたいな格好だったのだ。だが先日、ついにクリスのための服を作ったのである。それもちゃんと、服飾店でクリスの採寸をさせてオーダーメイドで作ったのだ。
それは勿論、メイド服。
首元まで覆うネイビーのワンピースに、スカートの端から除くペチコート。胸元の開いたエプロンはフリルのあしらわれたそれであり、勿論清潔感の溢れる白だ。これを着たクリスを初めて見た俺は、つい「ブラボー」と言ってしまった。普段そんなこと言わないのに。
美少女は何を着ても似合うとは思うけれど、美少女が可愛らしい格好をすればそれはもう可愛さが限界突破だと思う。
ちなみに、何着も作るような金はないため、一着だけ作ってそれをクリスの複製魔術で何着も用意した。ほんと、クリスの複製魔術は便利な代物だ。
「ごしゅじんさま」
「うん?」
「こうしさん、どうする?」
「あー……」
俺は正直、スケルトンを作ることはできるけれど、どう消せばいいのか分からない。
作ったスケルトンを、元の骨に戻すことはできないのだ。割った卵を元の殻に戻すことができないように。
かといって、役に立たないからぶっ叩いて壊すわけにもいかない。それはさすがに、スケルトンとはいえ俺の倫理観が歪んでしまう。
どこかの農村の端っこにでも置いてもらおうかな。
「まぁ、どこかの村に……」
「きめた。ウィリアムス」
「置いて……え?」
「なまえ。ウィリアムス」
「……」
クリスが、「ウィリアムス。よろしく」とか言いながら仔牛を撫でていた。それに対して、仔牛の方も理解しているかのように「モー」と返す。何故そんな名前になったのだろう。
というか、名前をつけられても。俺、思いっきりどこかの農村に置いてくればいいやとか思っていたのだけれど。
これ、完全に我が家で飼う流れじゃないか。
「まぁ、別にいいか……」
クリスの「ウィリアムス」と呼ぶ言葉に反応して、「モー」と鳴く仔牛。そんな一人と一匹の姿は、微笑ましく見える。
正直、スケルトンは百体ほど我が家で働いているし、仔牛のスケルトンが一匹増えたところで問題はない。そもそもスケルトンだから食事とかの世話いらないし。
今後は、仔牛を作ってしまわないように気をつけよう。
「さて、それじゃ……」
クリスを買い物に行かせよう――そう思って、財布を取り出そうとして。
突然、我が家のドアノッカーがごんごんと激しく鳴り響いた。
「ん……?」
「おきゃくさん」
「ああ。俺が出てくる。クリスはここにいてくれ」
「はい」
基本的に、客の対応は俺の役目だ。外出しての買い物は任せているとはいえ、クリスはアールヴであるわけだ。それが露呈しても困る。
だから買い物も、フードを被ったクリスが俺の従者であると知っているお店だけだ。具体的には、例の肉屋とか。最近はちゃんと肉を買っているから、店主の機嫌が良いらしい。
面倒だなと思いながらも、玄関へ。
「はいはい」
「ご領主さま! 突然、失礼いたします!」
「あれ……?」
そこにいたのは、見たことのある老人だった。
供として一緒にいるのだろう若い男性も、見たことがある。確か、最近どこかで……。
「セッキの村の村長、パッチにございます!」
「……ああ、久しぶりだな」
一瞬誰か分からなかったが、名前を聞いて思い出す。
確か、スケルトンをあっさり受け入れてくれた村だ。幾つも村を回っているせいで、一瞬分からなかったけれど。
ということは、一緒にいるのはケンと名乗った村人か。道理で見覚えがあると思った。
「それで、一体どうした?」
「はい、ご領主さま……!」
パッチ村長は、沈痛そうに顔を伏せて。
それから、悲しそうに言った。
「バースの村が……皆殺しに、されております……!」
「は……?」
パッチ村長の、そんな突然の言葉に。
俺が返すことができたのは、そんな間抜けな一文字だけだった。
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