第15話 バースの村へ
早朝――日も昇らないうちから、俺はクリスと共に馬車で町を出発した。
当然、その馬車を引いているのは二匹の骨の馬――スケルトンホースである。骨だから力とかどうなのかなと一瞬思ったが、どうやら力は生前のものをそのまま引き継ぐらしく、問題なく馬車を引いて進むことができた。
そして、御者台に座るのは俺とフードを被ったクリス。幌付きの馬車の中に入っているのは、五体のスケルトンと三体の牛スケルトンである。
「はー……しかし、足止め食らっちゃったな」
「でも、だいじょうぶ」
「まぁ、なんとかなったから良かったけど」
いくら早朝とはいえ、町の入り口には常に衛兵が立っている。
そして衛兵は、門の出入りをする人間を確認するのが仕事なのだ。身分証の提示が行われなければ、町から出ることも町に入ることもできないのである。
当然、俺も領主としての身分証(領民議会を終えたときに貰った)を提示するつもりだったのだが。
衛兵たちは「化け物だぁっ!」と騒いで全員が武器を持ち、俺のスケルトンホースを相手に戦おうとしたのである。
「……まさか、臨戦態勢を整えてくるとは思わなかった」
確かに、ただの衛兵からすれば俺のスケルトンホースは、化け物にしか見えないだろう。
一応俺が馬車から降りて説明をし、公的な領主としての身分証を提示した上で、スケルトンホースを俺が魔術で作った生物だと説明した。これで相手が魔術師だった場合、どのような魔術を使ったのかという詰問に遭ったかもしれないが、衛兵は「魔術ってそういうこともできるんですか……」と納得してくれた。
そんな一悶着はあったものの、どうにか問題なく町を出ることができた。そして恐らく、夜勤である彼らは交代するだろうから、帰ってきたときも同じ騒動になるのだろうなということは想像するに容易い。
「ごしゅじんさま、どこ、いくの?」
「あ、うん。馬車で暫く行った先にある、バースの村っていう小さい村」
「ばーすのむら」
「村長たちから聞いた話だと、バースの村が一番盗賊の被害に遭っているんだ。だから、若者も少ないし田畑も荒れてるらしい。一先ず、この村で試験的にスケルトンを労働力として運用しようと思ってる」
バースの村、カフケフの村、ダカオの村――盗賊の被害に遭っているのは、この三つの村だ。
そして、その中でも最も被害が激しいのがバースの村で、聞いたところによると労働力となる若者は一人もおらず、村の人口も昨年は五十人いたというのに、現在は二十八人しか残っていないのだとか。その大半が、ほぼ七十を超えた老人であるらしい。
まずはここで、スケルトンが生産力を上げるための助けになるということを、領民に理解させなければならない。
「スケルトンは疲れないし、丸一日ずっと働けるからな。細かい部分には指示が必要かもしれないけど、農地を耕す分には問題ない」
「おうまさんも、つかれない」
「そう。スケルトンホースも疲れないから、ずっと走れるんだよ」
これが普通の馬ならば、馬の休憩が必要となるし、馬の飼料も必要となる。さらに、馬が水分を補給するために水辺での休憩が必要となるだろう。
だが、スケルトンホースならば何も問題はない。牛スケルトンにも試してみたのだが、スケルトンは何故か「モー」とか「ヒヒーン」とか鳴くのだけれど、口らしいものも消化器官らしいものもない。そして口元に草を持って行ってみたけれど、全く食べようとしなかったのである。
何故クリスが食事を必要とするのかは謎だが、基本的にアンデッドに食事はいらないと考えていいだろう。
休み休み行けばそれなりの時間を必要とするのだろうけれど、ぶっ通しで馬車を走らせれば、昼前くらいには到着できるだろう。
村人たちにスケルトンのことをどう説明しようかな――そう考えながら、馬車は村へ続く街道をひた走った。
「ひぇぇぇ!! 化け物が来たぁぁぁ!!」
「きゃあああああ!!」
「憲兵さんに! 憲兵さんに連絡ぅぅぅ!!」
「憲兵さんこないだ死んじまっただぁぁぁ!!」
大体、想像通りのリアクションだった。
いや、こういう想像通りは、あまり歓迎したくないのだけれど。ひとまず、村の入り口近くにいた老人たちは、鋤や鍬を持ってどうにか対抗しようとしている。
それを向けている相手――俺は、領主であるわけなのだが。
「あー……ええと、こちらに敵意はない」
「ば、化け物に人が乗ってるべ!」
「なんで化け物がこの村を襲うんだ!」
「埒があかないな……ええと、村長を呼んでくれ。話がしたい」
「ひぃぃ!!」
「よ、呼んでくるべ!」
ま、いいや。
とりあえず、村長は領民議会に出席していたし、俺の顔を覚えているだろう。
あとは、村長の方から村人には説明してもらえばいい。
そして怯える村人たちからの恐怖の視線を感じながら、俺は村の中を見る。
ここにいるのは六人だが、その全てが老人だ。若者は誰一人としていない。そして村の中には畑があるけれど、見える範囲でちゃんと整備をされている畑は僅かだ。残る畑は全て、雑草が生えて木の根が転がっている、とても畑とは呼べない荒れ果てたものだった。
やはり、労働力が老人しかいない以上、畑も放置されてしまうのだろう。スケルトンにまずやらせる仕事は、あの荒れた畑を元通りに戻すことだろうか。
「……お」
そして、俺の視界にようやく希望が見える。
それはいつぞやの領民議会で少しばかり話をした老齢の村長だ。バースの村は特に被害が激しいということで、特赦を願ってきたのである。
話し合いの結果、税の三割を免除する形で納得してくれたのだが。
彼ならば、俺のことをちゃんと覚えているだろう。そして彼の方から、村人たちに俺のことを説明してもらえれば万事解決だ。
「ああ、村長――」
「ひぃぃっ! 化け物ぉっ!」
「村長! 化け物が村長をお呼びですだ!」
「ひぃっ! ワシまだ死にとうないぃっ!」
……。
村長、お前もか。
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