第61話 変わる心、変わらない心
翌日から、私は動いた。
昼休み――本来なら、私はテヤンディと昼食の席を共にして、他愛ない話をする時間だ。勿論、次のシノギについても色々と話し合う時間でもあるから、同席しないと勝手にシノギが進められてしまう可能性もあるんだけど。
でも、敢えて私は。
学院の校舎裏――そこに、四人の人物を呼び出した。
「あの……先日、言われた通りにしたはずなのですが……」
「うん。ありがとう、アニーさん」
「わたしたちも、何故呼ばれているのか……」
「何か、粗相でもしましたか……? お金は、ちゃんと払っていますけど……」
「その……」
私と一緒にいる四人は、それぞれ子爵家の娘だ。
トルーマン子爵家の娘アニーさん。ノイマン子爵家の娘メアリーさん。フーバー子爵家の娘レオナさん。ユンカース子爵家の娘カタリナさん。
今、私がテヤンディの代理でコサージュを貸している相手でもあり、全員が一年生だ。
勿論、ここにこの四人を呼んだのは、私にも理由があってのことである。
「ええとね、ちょっとお願いがあって皆を呼ばせてもらったんだけど」
「もう一度、七日の支払いを免除してくださるのですか!?」
「えっ、アニーさん、それはどういうことですか!?」
「支払いの免除!?」
「うん。とりあえず落ち着いて欲しいかな」
アニーさんが、目をきらきらさせながら私に言う。
それは昨日、アニーさんが仕掛けた茶番――伯爵家へのいちゃもんだ。
必ずテヤンディが助けてくれるから、座って食事をしている伯爵家の娘に対して、席を譲るように脅してほしい――そうお願いをしたのである。その報酬として、私が回収しているコサージュの貸出料、七日間分を免除するという条件を出した。
実質的には、銀貨三枚。だけれど、七日間で銀貨三枚を供出するというのは、子爵家の娘にはなかなか難しいことだ。
だからこそ、こうして交渉の材料に使えるんだけど。
「今回は、ちょっと仕事というか……皆、B組だよね?」
「え、ええ……」
四人に共通していること――それは、全員が一年B組ということだ。
残念ながら、私の所属しているC組の子爵家は、私とユーミルさんだけである。だから、クラスの中で見ることはできないんだけど。
それでも、ある程度噂くらいは届くはずだ。
「B組にいる四人に、お願いしたいことがあるんだよね」
「はぁ……」
「今回については、奮発するよ。コサージュの料金……一月分、免除する」
「――っ!!」
四人が、それぞれ目を見開く。
四回分ということは、つまり銀貨十二枚だ。私は純粋に、四人だから銀貨四十八枚の実入りを捨てるということだ。テヤンディに対して実質的に支払う金額は銀貨八枚ずつだから、私の損は銀貨三十二枚だけど。
だけれど、それ以上にこのシノギは、私への見返りが大きいはず。
だからこそ、今は先行投資をすべきなのだ。
「ひ、一月分も……! わ、わたくしは、何をすれば良いのでしょうか!」
「ぜ、是非聞かせてください! いいえ、手伝わせてください!」
「やります! やらせてください!」
「その……危険がないことならば……いえ、公女様が助けてくださるとは分かっていますけれど……」
アニーさん、メアリーさん、レオナさん、カタリナさん――四人全員が、まだ何をするとも言っていないのに乗り気だ。
実際、月に十二枚銀貨を払うって、割としんどいもんね。分かるよ。
「うん。それじゃ、皆にお願いしたいことなんだけど」
「え、ええ……!」
「伯爵家のご令嬢を一人、いじめてほしい」
「――っ!!」
それは、全く想像していなかった言葉なのだろう。
四人全員が、目を丸くして驚いていた。
「相手は、誰でもいいよ。伯爵家なら。そうね……できるだけ、気の弱そうな人がお勧めかな」
「で、ですが、リリシュさん。わたしたちは、子爵家で……」
「昨日も言ったよ、アニーさん。そのコサージュをつけていれば、私たちはテヤンディの家族。公国の公女様の家族なんて、そんな高貴な身分を相手に誰が文句を言えるの?」
「そ、それは、そうですが……」
あくまで、四人の身分は子爵家。
そして、いじめる相手は伯爵家。
そこには、間違いなく絶対的な身分の差があるのだ。
それなのに、身分が上の相手をいじめるなど、想像することもできないだろう。
「最初は、水をかけるくらいでいいよ。それで文句を言われたら、公女様の家族である私に何か文句でもありますの? くらいに返せば大丈夫」
「で、ですけど……公女様は、隣のクラスです」
「うん。だから、休み時間にやってほしい。事前に、私がテヤンディを連れていくから。それで諍いが起きたら、テヤンディを送り込む。それで皆さんは安全。どう?」
「し、しかし……」
うぅん、と眉を寄せるアニーさん。
伯爵家をいじめる――その行動に対する、報復が怖いのだと思う。結局、コサージュに守られているとはいえ、自分の地位が子爵家であることは何も変わらないのだ。
もしも実家に手を出されたりしてしまえば、爵位すら失う危険もある。
それを、恐れているのだろう。
「うん。じゃ、嫌なら別にいいよ」
「えっ……」
私は、敢えてそれ以上言わない。
一年B組は、子爵家の娘が四人揃っていた――それだけの理由で、私は提案しただけのこと。別に、この四人じゃなければいけないってわけじゃない。
私がコサージュを管理している相手は、まだ四十人以上いる。
交渉相手は、別に探しても何の問題もない。
「それじゃ、次の回収のときには、ちゃんと銀貨を用意しておいてね。あ、そっか。アニーさんは七日分だけ免除だから、その次の回収のときだね」
「……」
「ちゃんと私、誰を免除してるかとか、確認してるから。メアリーさん、前回の支払いがちょっと遅れてたけど、今回はちゃんと用意できそう?」
「うっ……」
メアリーさんが、僅かに顔を伏せる。
子爵家は、他の貴族家の雇われみたいなものだ。領地もないし、平民とさして変わりない生活をしている場合が多い。
だから、月に銀貨十二枚――それすら、用意できない場合も多いのだ。
「す、少し、待っていただければ……」
「私、最初に言ったと思うよ? 支払いが遅れるのは、一度は許す。でも二度目は、コサージュを回収する、って。ちゃんと払ってくれるまで、また倉庫でごはん食べよっか?」
「……」
「でも、今回私のお手伝いをしてくれるなら、免除するよ?」
「……」
私は、笑顔を貼り付けたままでメアリーさんを見る。
他の三人も、決して裕福というわけではない家だ。一様にして顔を伏せている。
だから私は、最後に囁くのだ。
「大丈夫。危険はないよ……ちゃんと、テヤンディが守ってくれるから」
「……」
当然ながら。
四人全員が、私のお手伝いに頷いてくれるまで、さほど時間はかからなかった。
ただ。
私は、気付かなかった。
昼休みに食堂に行かなかった私を心配して探しにやってきて、校舎裏にいるのを発見した際、「伯爵家のご令嬢を一人、いじめてほしい」とお願いしていた私を見て。
「リリシュ嬢……」
そう、私からは見えない位置で。
ベアトリーチェさんが、小さくそう呟いたことに。
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