第51話 決着を終えて

「……ありがと、テディ」


「あたしは、たまたま通りがかっただけですよ。まぁ、上手くいって良かったですがね」


 私とテヤンディの部屋。

 寮母さんとの交渉を終えて、私たちはどうにか戻ってこれた。最後、テヤンディの話術でどうにか寮母さんを落ち着かせたものの、もしもテヤンディが来ていなければ、私の手にはお縄が掛かっていただろう。

 そう考えると、ぞっとする。身内から犯罪者を出したとなれば、間違いなく私の実家は破滅だ。


「まぁ、アガリは月に金貨二十枚……大したシノギにはなりませんでしたが、良い情報は得られました。学院長は、叩けば叩くほど埃が出そうですね」


「そうなの?」


「この学院が創立して以来、ずっと学院長という立場ですからね。最初からずっとトップに立っている人間が、清廉な例なんてほとんどありませんよ」


「そう、なんだ……」


 後悔ばかりが残る私と違って、テヤンディはもう次を見据えている。

 テヤンディにとって、この学院は金稼ぎの場所なのだ。


「ねぇ、テディ」


「うん? どうしましたかい?」


「どうして……寮母さんの部屋の前を、通りがかったの?」


「……」


 私の問いに、にやりと笑みを浮かべるテヤンディ。

 本来、寮母さんの部屋はテヤンディが生きていく上での動線にない。部屋に行くのも、食堂に行くのも、テヤンディは寮母さんの部屋の前を通らないのだ。

 だから、あの場にテヤンディがいたことは、不自然でしかない。


「偶然ですよ」


 だけれど、テヤンディはそれを教えてくれない。

 たまたま、あの場にいた。テヤンディは、そのスタンスを崩さない。

 でも、分かる。私の行動は全部、テヤンディに読まれていたのだ。私がベアトリーチェさんと組んで、テヤンディを出し抜いて寮母さんの秘密を握る――その計画を。

 その上で、私に何も伝えずに、こういう風に助け船を出してくれたんだ。


「ああ、そういえば明日は休みですね。リリシュさんは、何か明日用事でもあります?」


「私? いや……別に、ないけど」


「それじゃ、丁度いいですね。明日、ちょいとあたしに付き合ってはもらえませんか?」


「え……何かやるの?」


「リリシュさんにしてみれば、ワリの良い日雇いみたいなもんです。ただ、あたしの後ろに控えてくれりゃ、それでよろしいんで」


「あー……」


 なんとなく、テヤンディの言葉で分かった。

 多分、あれだ。従者の一人でも連れていないと、失礼になる場。

 一度、付き合わされたけれど。


「王妃様と、午前にお茶会なんですよ」


「なるほどね……まぁ、別にいいけど」


「銀貨五枚でいかがですかい?」


「安い。午前いっぱいなら十五枚」


「いいでしょう」


 私の値上げ交渉に、あっさり頷くテヤンディ。

 もっと吊り上げれば良かったかな、と思わないでもない。思わず反射的に値上げしちゃったけど。

 前の私なら、きっと銀貨五枚で渋々頷いていただろう。


「そんで、午後からはちょいと町に繰り出します」


「え……そうなの?」


「ええ。こいつは、あたし一人でも問題ありませんけどね。護衛としてベアトリーチェさんに声は掛けてます。リリシュさんも勉強をしたいなら、ついてきてもいいですが」


「……」


 午前いっぱいは、私という存在が必要。

 だけれど午後から向かう先は、私は不要。でも、私にとって勉強になる。

 一体、何をするのかさっぱり分からないけれど。

 テヤンディの言葉は、信じる価値がある。


「うん、いいよ。一緒に行く」


「承知しました。そんじゃ、そろそろ風呂でも入りますかね」


「うん」


 湯所に向かうテヤンディの、半歩後ろを歩く。

 相変わらず、自分一人では湯浴みもしないテヤンディだ。私が介助について、シャワーをかけなければならない。

 私、このテヤンディのお世話代だけでいくらか貰えるんじゃないかな?










 八つの鐘が鳴った。

 それと同時に、寮は全体が消灯だ。寝台に入り、眠る準備である。

 今日は心臓に悪いことが多すぎて、すぐに眠れるか分からないけど。


「しかし、リリシュさん」


「うん?」


 暗い中で、隣の寝台に入ったテヤンディの声。


「今日は、随分と危ない橋を渡ったもんですねぇ」


「……」


「あたしが偶然通りがかったから良かったものの、法に触れるような真似は今後よしてくださいよ。そういうのは、綿密に計画を練ってからやるもんです。今回リリシュさんがやったみたいに、行き当たりばったりの作戦じゃ命をかけれませんからね」


「……ごめん」


 テヤンディの言葉は、極めて正論だ。

 私の計画は、本当に行き当たりばったりだった。寮母さんの部屋のどこに何があるのかも分からなかったし、どれほどの時間寮母さんを拘束できるかも曖昧だった。

 だから戻ってきた寮母さんと出くわすことになってしまったし、テヤンディにも迷惑をかけてしまった。


「ですから、今後ああいうことをやるときには、あたしに相談してください。あたしが寝ている隙に、ベアトリーチェさんと企むんじゃなくてね」


「……」


 全部ばれていたらしい。

 その上で、私を助けてくれるように立ち回ってくれたのだろう。

 本当に、感謝しかない。


「あのさ、テディ」


「ええ」


「本当に……ありがとう。テディのおかげで、助かった」


「構いませんよ。ま、アガリは小せぇとはいえ、金貨二十枚のシノギになりました」


「うん……ただね、テディ」


 感謝しかないけれど。

 それとシノギは、また別だ。


「テディは、私の確保した帳簿で、寮母さんにハイ出しをかけることができたんだよね?」


「ええ」


「それが、月に金貨二十枚、と」


「ええ」


 テヤンディの返答は、どこか私を試すような声色で。

 だから私も、堂々と、いけしゃあしゃあと、生意気な口を叩いてみる。

 きっと、テヤンディなら許してくれると思うから。


「私の取り分はどのくらいかな?」


「……リリシュさん、随分強かになりましたねぇ」

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