第45話 閑話:テヤンディ、見抜く

「と、まぁそんな風に考えてると思うんですね」


「最近、少し元気がなさそうに見えたのは、企んでいたからということですか」


「ええ、そういうことですよ。でなけりゃ、あたしが寝入ってからわざわざ部屋を抜け出してどこかに行きやしないでしょう」


 同時刻。

 テヤンディ・ゴクドーは自室ではなく、同じ『白薔薇組』の一人にしてテヤンディの右腕、エイミー・オストワルドの部屋に来ていた。

 それはテヤンディが寝台に入り、さぁ寝ようかとゴロゴロしていた段階である。そもそも八つの鐘で眠るという風習にまだ慣れておらず、こんな時間まだ宵の口だと思っていたテヤンディだ。そんなに早く眠れるはずがない。

 しかしリリシュは、そんなテヤンディがきっと眠ったと判断したのだろう。限りなく音を殺し、息を潜め、部屋から出ていった。

 どこに向かったのかは、大体想像がついている。


「テディのシノギを、リリシュさんが奪おうとしてるということですか……」


「別にあたしのシマってわけじゃないですがね。ただ、確かに目ぇつけたのはあたしが先です」


「さすがにそれは……」


「ただ、ちょいと思ったことがありましてね」


 くくっ、とテヤンディは笑みを浮かべる。

 整った顔立ちながら、浮かべる笑みは猛禽類のそれだ。


「リリシュさんにベアトリーチェさんが、今回独自に動いてくれているわけですよ」


「ええ」


「いやぁ、お二人も成長したもんです。ここは、ちょいと任せちまおうかと思いまして」


「……先走って、情報を勝手に流されちゃう可能性は?」


「それはまぁ、あります。ですが、別に大したリスクじゃないですよ。ただ多少、寮母が不正をしていたことが流れる。その結果、寮母に処分が下る。ですが、その処分は学院長にまでは及ばない。だったら、次のハイ出し相手を学院長に変えりゃ済む話です」


「わざわざ、そんなリスクを背負わなくても……」


 エイミーの不満に対して、テヤンディは快活に笑った。

 リリシュとベアトリーチェが、寮母に関して独自に動いていることは知っている。その上で、二人ならばどう考えるか――それを、テヤンディは考えた。

 恐らく、寮母の部屋に侵入して、横領の証拠を掴もうと考えているだろう。しかし、寮母の部屋に入るための手段がない。エイミーの情報によって食前に不在であることは知っているが、鍵を開ける手段がないのだ。

 ならば、どうするか。

 寮母を部屋から連れ出すために、何かをしでかす。テヤンディは、そう睨んでいる。


「あたしはね、二人の計画……正直、上手くいかないと思ってますよ」


「そうなのですか」


「大体、一言で『横領の証拠』って言いますが実際のところ何なんですかね? まぁ、ああいった手合いはご丁寧に裏帳簿をつけてくれてたりはしてますが、どれがまともな帳簿でどれが裏帳簿か、一見して分かるはずがありません。まとめて根こそぎ持っていけば、それこそ寮母が騒ぎ出すでしょう。泥棒が入った、ってぇね」


「確かに、その通りですね」


 何を証拠として提出するか、その見極めを行うのは至難の業だ。

 そして、空き巣のように入り込んで証拠を探るには、それだけの時間が必要になる。何かしらの事件を起こし、寮母を部屋から連れ出すことに成功したとしても、その事件が終われば寮母は部屋に戻ってくるのだ。

 その間に部屋を荒らすことなく証拠だけを奪い、寮母もそれに気付かない――そんな都合のいい結果になど、なりはしないだろう。


「ですから、お二人にはまず失敗してもらいましょう」


「部屋に侵入しているのを、寮母に発見されるってことかしら?」


「まぁ、そうなりますね。それで、お二人には相応の処分が下される。ベアトリーチェさんは伯爵家ですから、家の力があるでしょう。退学はないと睨んでいます」


「リリシュさんは?」


「子爵家の出自を、どれだけ学院が軽く扱っているかはご存じでしょう。良くて退学、悪けりゃ警察沙汰です。ダイガクに行くかもしれませんねぇ」


「……」


「ま、そのときは放免祝いと一緒に、公国に連れて帰りましょう」


 くくっ、とテヤンディが笑う。

 テヤンディにとって、リリシュは友人だ。この学院を卒業した暁には、公国に連れて帰りたいと思っている存在である。勿論、エイミーもだ。

 盃を交わした兄弟は、必ず自分で面倒を見る――それが、テヤンディの矜持でもある。

 ゆえに、まだテヤンディはベアトリーチェ、ユーミルの二人とは盃を交わしていないのだ。


「まぁ一度、下手こくのも覚えておかなきゃいけません。先走って下手こいて、捕まるのも一つのやり方でさ」


「……」


「それでシノギを覚えていく。失敗して失敗して、次の成功が見えるもんですよ」


「……」


 テヤンディの言葉を、エイミーは黙って聞いて。

 それから、全てを見通しているような眼差しで、テヤンディに向けて笑みを浮かべた。


「テディ」


「ええ」


「とか言いながら、助けるつもりなんでしょう?」


「……さてね。何のことやら」

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