第44話 抜け駆け計画

 これは、前々から計画されていたことだ。

 テヤンディのシノギは、基本的にテヤンディとエイミーさんの二人で行っている。今はまだハイ出しの下調べしかしてないけれど、テヤンディが指示をする相手はエイミーさんだけなのだ。

 それが彼女への信頼に拠るものであるのかは分からないけれど、私はそこに不満を覚えていた。

 私たちは同じ家族で、同じシノギをやっていくんじゃないのか、と。


「失礼します」


「ああ……はい、どうぞ。ビーチェから話は聞いてるわよ」


「こんな夜分に、ごめんなさい」


 会話の相手は、ベアトリーチェさんと同室の女性――ハイドランド伯爵家のご令嬢、ジュリアさんだ。

 一応、もう消灯の時間だから完全に暗くなっていて、その表情は見えない。だけれど口調からは、迷惑そうな様子はみられなかった。

 というかベアトリーチェさん、ビーチェって呼ばれてるんだ。


「ビーチェ、あたしは先に寝るから、適当にしてね」


「ああ、すまない。なるべく小声で話すようにする」


「お願いね」


 ふぁぁ、と欠伸をしながら、ジュリアさんが寝台に入っていくのを見届ける。

 そしてベアトリーチェさんが顎で示し、ジュリアさんに迷惑がかからないように、と寝室の外に出た。そして寝室の扉を閉めて、リビングのソファに腰掛ける。

 暗い中で、ベアトリーチェさんと私は正面から向き合った。


「それで、学院長が怪しいと?」


「うん。テディもまだ完全には調べていないみたいだけど、間違いなくクロだって」


「なるほど……つまり、寮母は下っ端に過ぎないということか。つまり、学院長の指示で行われている不正は、他にもありそうだな」


「多分ね」


「そのあたり、調べを進めていこう」


 ふむ、と頷くベアトリーチェさん。

 寮母――ジャネットさんは、下級貴族から食事を奪った。そして、その食事にかかる経費の差額分だけ、自分の懐に入れているのだろうと考えている。さらにこの不正は、寮にいる女生徒しか知らないことだ。

 大胆な横領もあったものだ――最初はそう考えたけれど、私も考えた。少しばかり違うんじゃないか、と。

 こんなにも大胆に、全員に下級貴族は倉庫に行けと命じている。それを、寮の中だけで完全に隠蔽できているとは思えない。

 やはり、学院長が関わっていると考えていいだろう。


「しかし学院長……初日に言っていたことは、完全に嘘だったということか」


「逆に、寮母さんの方から働きかけた可能性は? 学院長に見て見ぬ振りをしてもらうために、先に金を積んだとか」


「組織の一員が、そんなにも簡単に横領を行うとは思えんな。むしろ、上から言われたから行うという方がしっくりくる」


「そうだね……」


 高潔で、平等な人物。

 そんな印象を全員に叩き込んでおきながら、やっていることは差別と横領。

 許せるものか。


「それで、今後どう動いていく? 学院長の部屋にでも忍び込んでみるか?」


「リスクが高すぎると思う。むしろそれよりは、寮母さんの部屋に忍び込んでみる方がいいかもしれない」


「ほう」


「エイミーさんの調べでは、食事の前に寮母さんは倉庫の中に入っていってるらしいからね。その時間はつまり、寮母さんは部屋にいないってこと」


「――っ!」


 私の提案に、ベアトリーチェさんが目を見開く。

 これは今日、テヤンディから話を聞いてから、ずっと考えていたことだ。寮母さんが必ずいなくなる時間さえ分かっていれば、その間に部屋に忍び込むことは容易いんじゃないか、って。

 ただ、問題は。


「しかし……鍵はどうする? さすがに、寮母の部屋の鍵までは用意できまい」


「それが問題なんだよね。忍び込むにも、忍び込む方法から考えないと」


「横領をしている証拠が置いてあるかもしれない自室だ。鍵もかけずに出るというのは考えにくいな」


「外から回り込んでみるとか? 寮母さんの部屋、一階だよね?」


 寮の地図は、一応把握している。

 寮母さんの部屋は、一階の入り口から程近い位置にあったはずだ。私たち寮の住人は全員二階から上に住んでいるから、部屋を間違えたという言い訳もできない。

 でも、一階なら外から回り込んで――。


「むしろ一階であるから、窓の施錠も忘れはしないだろう。二階や三階に住んでいるのならまだしも、一階だと容易に外部からの侵入を許す。そんな部屋に住んでいて、外側の施錠を怠るとは思えんな」


「さすがに、窓ガラスを割って侵入するわけにはいかないもんね……」


「それこそ、事件になってしまうだろう。その際、捜査の手が入れば寮母の不正も明るみに出るかもしれんが……」


「明るみに出られちゃ困るんだよね。せっかくのシノギの機会なんだから」


 テヤンディは言った。悪党とは、共存していくのが良いのだ、と。

 あくどい金を分け合う。その懐に仕舞っている金貨をいただく。それが、私たちのこれから行うべきことなのだ。

 不正が明るみに出てしまえば、私たちはそれ以上何もできない。


「あ」


「うん? どうした、リリシュ嬢」


「ちょっと思ったんだけど、寮母さんの仕事って何?」


「寮母の仕事……?」


 ふむ、とベアトリーチェさんが顎に手をやり、首を捻る。

 なんとなく、寮の管理をしている感じなのかな、くらいだ。具体的に、どういう仕事をしているのか私には分からない。

 何か、寮でトラブルが起きたときに解決する役割とか?


「いや、分からないな……どんな仕事をしているのだろうか」


「例えば、寮の中でケンカが起こったら、仲裁するのは寮母さんの役目だったりするのかな? あとは、水の魔石が暴走して水浸しになったりしたときの掃除とか、寮母さんの仕事だったりするのかな?」


「……その可能性は高いな。寮の管理が仕事である以上、そういった雑務もあるだろう」


「じゃあさ……」


 笑みを浮かべる。

 寮母さんの役割は、寮の管理だ。つまり、寮の中で何か緊急のトラブルが起きれば、寮母さんが駆けつけることになる。

 そう。

 誰かがその『緊急の事態』を寮母さんに報告に向かった場合、その間、寮母さんの部屋は空になるのだ。


「事件を起こそう。寮母さんが、部屋の鍵をかける時間すら惜しいくらいに、緊急の」


「……リリシュ嬢、随分と腹が黒くなったな」


 あらやだ。

 私のおなかには、美味しいものしか入っていませんとも。

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