第37話 私のシノギ

「ただいま、テディ」


「おや、お帰りなさい。随分遅かったんですねぇ」


 私がようやく部屋に帰ったとき、既に日は傾いていた。

 まだ六つの鐘は鳴っていないけれど、体感ではもうすぐといったところだろう。もっとも、今日は私、テヤンディたちと一緒には行けないんだけど。


「ごめん、テディ。一つ聞かせてほしいんだけど」


「どうかしましたかい?」


「私が払う、銀貨十枚なんだけど」


「ええ」


 あっさりと、そう頷くテヤンディ。

 少しだけ、期待はあった。あのときは皆の前だからそう言ったけれど、実際には違うと、そんな言葉を期待した。「あのときはああ言いましたけど、リリシュさんは払わなくてもいいですよ。払った体にだけしてもらえればね」とか、そんな言葉を。

 だけれど、テヤンディはあっさり頷いた。

 つまり私が銀貨十枚をテヤンディに払うことは、決定事項だということだ。


「うん。ちょっと確認したいんだ」


「何をですかい?」


「回収するタイミング。ひとまず今回は、最初の七日間については私が仕事をしたから、免除してくれているわけだよね」


「ええ」


「なら私は今後、どう払えばいいのかな? 一月の最初に払って、その後の一月はコサージュを借りる形にする? それとも、一ヶ月コサージュを借りた最後の日に払う形にする?」


「あー……」


 私のそんな質問に、テヤンディは想定していなかったとばかりに眉を寄せた。

 だけれど、これは統一しておかないといけないだろう。誰かは最初に払って、誰かは最後に払うとなれば、回収する側が混乱するだけだ。


「ちょいと、それは考えていませんでしたね……あたしにしてみれば、いつでも構わないんですけども」


「じゃ、統一する形にしよう。今後誰に対しても、最初に回収する形にしよう。銀貨十枚を支払った時点で、その後一月……三十日間コサージュを借りられる。それでどうかな?」


「あたしは、それで構いませんよ。リリシュさんが払えるなら、ですけど」


「うん」


 ごくり、と唾を飲み込む。

 ここからは、私の番だ。

 私が必死に考えた、自分が銀貨を稼ぐ方法を、テヤンディに了承させなければならない。


「テディ、ちょっと私の方から提案があるんだ」


「ほう?」


「これはテディのシノギだと思うけど、私にもサポートさせてくれないかな?」


 真剣な眼差しで、私はテヤンディを見据える。

 私はどうにかして、銀貨十枚を稼がなければならない。ずっと、そう考えていた。

 でも、考え方を変えた。

 テヤンディが私――家族であり弟分である存在である私からでさえ、銀貨十枚を回収する。つまり、利用するのであれば。

 私だって、テヤンディを利用させてもらおう。私が、私のシノギをするために。


「勿論、白薔薇のコサージュを貸し出して、最初の七日間は銀貨一枚、その後は一月あたり銀貨十枚。その価格は変わらないと思う」


「ええ、そうですね」


「ただ、さっき言ったように、どのタイミングでそれを回収するのか。その回収は誰が行うのか。誰もが誠実で真面目な人間ってわけじゃないし、払うのを忘れる場合ってあるよね。その場合、テディが回収しに行くの? 銀貨十枚さっさと払え、って」


「まぁ、そうなるとは思いますが……」


 テヤンディの眉が寄り、私の方に体を向けた。

 ようやくテヤンディも、分かってくれたのだ。私が世間話をしているわけでなく、テヤンディが何より大切にしている、シノギについて話をしているのだと。


「じゃあそれ、外注してみない?」


「ほほう……」


「私が、誰に、いつ、コサージュを貸したか記録しておく。支払いが必要なタイミングで、私がその人に伝える。その上で、お金を回収する。私にこれを任せれば、テディは他のシノギができるんじゃないかな?」


「……」


 白薔薇のコサージュを貸すシノギ。

 それだけ考えれば、確かに稼ぎは良いと思う。だけれどそれ以上に、管理が面倒くさい。私はそう感じた。

 月に銀貨十枚を回収するとはいっても、誰もが毎月きっちり真面目に納めてくれるわけじゃない。こちらから払えと言わなければ出さない者もいるだろう。そして、それが四十人五十人相手となれば、その作業だけでテヤンディの一日は終わってしまうと思う。

 だから私が、それを担う。

 テヤンディにしてみれば、決して悪くはない話であるはずだ。


「なるほど。キリトリを任せろってことですね」


「……切り取り?」


「債権回収ってことですよ。確かにそう言われりゃ、面倒なことも多いですからね……そいつをリリシュさんに任せられるなら、任せても構いませんよ」


「うん。任せて」


 にっこり、と笑みを浮かべる。

 これをテヤンディに伝えるまで、割と必死に考え続けてきたのだ。白薔薇のコサージュを作成することは外注できるとしても、このシノギ――お金を扱うことについては、それなりに信用のおける人物にしか任せることができないと、そう考えた。

 そして私は、テヤンディと盃を交わしている。さらに、組の中では若頭というよく分からない役職も貰っている。

 だったら私は、相応に信用があると、そう考えていいだろう。


「それで、テディ」


「ええ」


「私にその仕事を任せる。その対価はどのくらい貰える?」


「……覚悟が決まったみたいですね、リリシュさん。まぁ、あたしの方がそう導いたのは否めませんがね」


「どういうこと?」


「こっちの話でさ。ええ、そうですね……一月あたり、銀貨三十枚。これでどうですかい?」


 指を三つ立てて、そう私に提示するテヤンディ。

 私はそれに対して、首を振った。

 つい先程、テヤンディ自身が言っていたことだ。「値付けを他人に任せるな」――私は、ユーミルさんと同じ轍は踏まない。


「契約金として、銀貨十枚。これは、私が七日を過ぎて、一ヶ月コサージュを借りるためのお金として、そのままテディが回収してくれていいよ。その代わり、七日後に私は銀貨十枚を払わない」


「ええ。それは構いませんが……」


「その後は、白薔薇のコサージュ一つあたり、銀貨二枚の管理料でどうかな。十人に貸しているなら、銀貨二十枚。五十人に貸しているなら、金貨一枚。出来高制で」


「……なるほど」


 これは決して、テヤンディの損にはならない話だ。

 一人あたり銀貨十枚という収入に対して、私の取り分はその二割だ。つまり、八割はテヤンディの懐に入る。特に何もせず、名前を貸しているだけで、だ。

 月に銀貨三十枚――そんな、一律の額では済まさない。

 私が管理すれば管理するほど、収入が増える――そのシステムを、確立する。


「良いでしょう」


「それじゃ、そういうことで。適宜、誰に白薔薇のコサージュを貸したのか、目録を作って提出する。それでいいかな?」


「分かりました。そんじゃ、任せますよ」


 私の要求は、問題なく呑んでくれた。

 これで私は、テヤンディのサポートという形でシノギをすることができる。私もどうにか、テヤンディに払うだけの銀貨ではなく、利益を得ることができる。

 そこで、六つの鐘が鳴った。


「おっと……そろそろ食堂に行きましょうか」


「うん。テディ、今日はちょっと私は、別で食べさせてもらうね」


「おや、どうかしましたか?」


「うん」


 私は笑みを浮かべて、指を四つ立てた。

 ここに至るまで、私も根回しをしているのだから。


「少なくとも四人、今日のうちには目録に入るよ」


「……」


 私のそんな言葉に対して。

 テヤンディが小さく、「リリシュさんも、随分とこっちに染まってきましたねぇ……」とか失礼なことを呟いていた。

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