第28話 倉庫メシ

 六つの鐘が鳴った。


「そいじゃ、リリシュさん、ユーミルさん。首尾良くお願いしますよ」


「……うん」


「……はい」


 食堂。

 六つの鐘が鳴ったということは、全員がここで夕食を摂るということだ。まだ鳴って間もないから、食堂内に人はまばらである。

 そして私とユーミルさんはこの夕食時、テヤンディからミッションが与えられているのだ。

 食堂の奥――倉庫の中で夕食を摂っている者が、何人いるのか探ること。


「とりあえず、コサージュ一つ銀貨一枚……今後の資金を考えりゃ、百人は欲しいところですがね」


「さすがに百人はいないだろう。我々のクラスでも、子爵家の令嬢はリリシュ嬢とユーミル嬢だけだった。他のクラスに多くいるとは思えん」


「一学年に六クラス、それが三学年……一クラスあたり二人いると仮定すると、合計で三十六人ね」


「もうちょい誤差があると考えて、四十人ってところですかい。銀貨四十枚じゃあ、ろくなシノギになりませんねぇ」


「でしたら、コサージュ一つあたり銀貨十枚程度にしてはどうですか? 子爵家の令嬢でも、どうにか出せる程度の額であるはずです」


「ふむ」


 テヤンディ、エイミーさん、ベアトリーチェさんがそう話すのをただ聞く。

 銀貨十枚――考えて、少しだけ眉を寄せた。確かに、私も出せない金額じゃない。実家に無理を言えば、それくらいは送ってくれると思う。

 だけれど、少し躊躇してしまう金額であることは間違いない。私のお小遣い、月に銀貨三枚だったもの。


「エイミーさん、そいつは悪手じゃないですかい? 一人頭の金額を多くしたところで、賛同する人間が少なけりゃ意味がねぇ」


「悪いけど、私もそう思うよ」


「ですよねぇ、リリシュさん」


 テヤンディの言葉に、私も賛同を返す。

 私はあくまで、自分のお小遣いの範疇から出せる金額――銀貨一枚だったから、この話は上手くいくと思っていたのだ。

 エイミーさんもベアトリーチェさんも伯爵家のご令嬢だし、金銭感覚については私たちとずれているのだと思う。子爵家にとって銀貨十枚って、そうそう出せる金額じゃないもん。

 さすがに、銀貨十枚を出すくらいなら、倉庫の食事で我慢すると思う。


「ま、この辺は追々考えていきましょう。ひとまずリリシュさん、ユーミルさん、奥の方にお願いします」


「……うん」


「メシはちゃんと残しておきますから」


「本当に、本当にお願い。ちゃんと、一人前、全部、残しておいてよ……!」


「……わ、分かりましたから」


 テヤンディが、僅かに顔を引きつらせているのが分かった。

 でも、私だって真剣なのだ。美味しいごはんを一度覚えた私の舌は、今日の夕食も美味しいごはんを求めているのだから。

 ユーミルさんの言っていたような内容なら、もう食べずに出たいというのが本音である。

 覚悟を決めて、私はユーミルさんを見て。


「それじゃ、行こう。ユーミルさん」


「……」


「ユーミルさん?」


「あの、リリシュさん」


 でも、そんなユーミルさんが。

 私と目を合わせようとせず、言った。


「その、今回は倉庫の中で、何人くらい食べているのかっていう調査、なんですよね?」


「そう、だけど……」


「七つの鐘が鳴るまで倉庫の中で、合計で何人くらいが利用しているのか確認するだけ、ですよね?」


「うん、そう……」


 一体、何を言いたいんだろう。

 私はようやく覚悟を決めたというのに。どうせ、終わったら美味しいごはん食べられるしさ。

 でもユーミルさんは、そんな私に対して昏い笑みを浮かべて。


「……じゃあ、行くのは一人でもいいですよね?」


「――っ!」


「え、ええっと、リリシュさんはやる気みたいですし、わたしは別に行かなくてもいいかなって思ったりとか」


「ちょ、ちょっとユーミルさん!? それはさすがにおかしくない!?」


「だって、人数を調べるだけなら一人でもいいじゃないですかっ!」


 確かに言う通りだ。

 ただ人数を調べるためだけだったら、どちらか一人でいい。わざわざ二人で入る必要なんてないのだ。そんなことにも気付かないなんて。

 そして、その事実に一足早く気付いたユーミルさんが、こんな風に先制攻撃を仕掛けてくるなんて思いもしなかった。


「私だって美味しいごはんが食べたいのにっ!」


「ちゃんと残しておきますから、リリシュさんだけ行ってくださいよ!」


「残しておくって言ったって、冷めちゃってるでしょ! 私は出来たてが食べたい!」


「わたしだってそうです!」


「あー……お二方」


 そんな私とユーミルさんの口論に対して。

 頭を抱えながら、そう口を挟んできたテヤンディが。


「お二人で行ってもらわないと、困りますよ。さすがに一人で六つの鐘から七つの鐘まで、ずーっといる人間ってのは不自然ですからね」


「……」


「……」


「お分かりいただけます?」


 そんな風に、反論できない正論を述べた。

 結局、私も行くしかないってことだよね。ちょっとだけ希望が見えたのに。

 ユーミルさんもそれは同じらしく、項垂れて溜息を吐いている。


「テディ、今日の夕食」


「はい」


「おかわりいただきます」


「はいな」













 倉庫。

 私とユーミルさんは、特に咎められることもなく中へと入った。

 むしろ私とユーミルさんが入っていく姿を見ていた別のご令嬢が、「あらあら。あの二人、ようやく自分の居場所を理解したようですわ」「公女様から嫌われでもしたのかしら」「おほほほ」とか言っていた。どれだけ暇なんだろう。

 そして、倉庫の中は。

 劣悪な環境と言って、差し支えないものだった。


「……ひどい」


「わたしは、もうここには戻れません……」


「私も、嫌だよこれ……」


 まず、本来倉庫という形で使われていた場所であるため、通気性が悪い。かび臭くて埃っぽくて、とても食事を楽しむような場所とは思えない。

 そして並べられているテーブルと椅子は、ろくに掃除もされていないのか食事の痕がこびりついているし、埃も拭かれていない。床には誰かが零したのだろう、スープの痕も広がっている。

 そんな倉庫の入り口に並べられた長机の上に置かれている、ここを利用する者が食べるのだろう食事――。


「……」


「……」


 重ねられているその食事を一つとって、ユーミルさんと一緒に適当な席に座る。

 入り口近くを選んだのは、出入りする人数を調べるためだ。それと共に、早くここから出たいという無意識もあったのだと思う。

 そして、私たちの目の前にある、今夜の食事――その劣悪さに、言葉を失った。


「ユーミルさん……」


「言わないでください……わたしだって、好きで食べたわけじゃないんですから……」


「うん……」


 野菜屑を煮たスープに、申し訳程度に入っている一切れのベーコン。

 焼いてから随分と日が経っているのだろう、固いパンが二つ。

 私たちの前に置かれている夕食は、たったそれだけだった。


「さすがにこれは、ひどすぎるよ……」


 隣の食堂では、贅をこらした夕食が提供されているというのに。

 何故、この倉庫の中ではこんなにも貧相な食事しか出されないのだろうか。


「それよりリリシュさん、仕事をしましょう」


「……うん、そうだね」


 人影がまばらな周囲を見ると、今のところ席に座って食事をしているのは十五名だ。私たちを除いて。

 中には、談笑しながら食べている者たちもいるけれど、ほとんど一様にして、暗い表情でもそもそと食べているだけだった。彼女らにとって、食事は楽しみでも何でもないのだろう。この外では、美味しいごはんが全員に提供されているというのに。


「許せない……」


 前言撤回する。

 私は、銀貨十枚を捻出するのは難しいと、そう思っていた。銀貨十枚を払うくらいなら倉庫の食事で我慢するって、そう思っていた。

 だけど。

 私なら、銀貨十枚を支払ってでも、人間らしい食事がしたい。

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