第160話 遠距離心理戦

「銃って初めて見たんだがかなり強いんだな」


 辺りの安全を確認してからクライスは銃の手入れを始め、シスはそれを興味深そうに覗き込んでいる。


「そうだな、特に今回のは威力特化に改造しているからこのワイバーンぐらいなら簡単に頭を撃ち抜ける」


 初めての銃にシスは好奇心のままに顔を近づけ匂いを嗅いでいるが、クライスは特に気にした様子はなく手慣れた様子で手入れを続けていく。


「……よし、こんなものだろう。さて、現実逃避をしていても仕方ないからそろそろ現状を何とかするか」

「? 何か問題でもあったのか?」

「大問題だ。このワイバーン達をどうやってヒールハイまで運ぶか話していただろう」


 立ち上がりズボンの裾を軽く叩いてからクライスが指をさした先にあるのは先程シス達で倒したワイバーンの群れ。


「クライスの自空間は?」

「……俺は生まれつき魔力が全くないから魔法は使えないし自空間もないんだ」


 大体の生物は魔力量に多少の差はあれど、魔法は当然どころか前提のように使える。

 しかし稀にクライスのように魔力を全く持たずに生まれてくる者がおり、こういった者達は無能だ能無しだと蔑まれる対象となる為隠す者が多い。


 しかしクライスは最初に少し言葉を詰まらせたが特に気にした様子もなくあっさりと正直に告げた。


「えっ。じゃあこのワイバーンは……」

「全て自力で運ばなければいけないという事だ。ちなみに一応聞くがシスに自空間は?」

「俺はオルトロスだから……」


 シスも現状の問題に気づくと静かな沈黙が漂った。


「エルかアールを連れて来るべきだったな……」

「持てないのは置いていくか?」


 シスの提案にクライスは首を左右に振った。

 

「そうするとヴィルモントが素材を無駄にするなと怒るから駄目だ。俺だけならともかくシスはヴィルモントの従魔なんだろう? 必ず数を確認してくる。数を誤魔化してもいいが、心を読めるあいつを前にして嘘を貫き通す自信はあるか?」

「……無理だ……」

「ヴィルモントが休んでから来いと言った真の理由はコレか……珍しく気を使うから弱っていると思っていたがやられた……。あいつの思い通りに動くのだけは避けたい、だがこのままでは……」


 顎に手を当て真剣に考えているクライスだが、シスからするとそこまで必死になるべきなのかと首を傾げてしまう。


「一応書類は持ってきているからよくて相打ちと言ったところだが、そこまで持っていけるか? しかしこうなった以上悪手になりかねないがやるしかない」

「書類?」

「ん? ああ、代理として働いていた間の詳しい報告事と引き継ぎの書類を持ってきているんだ。ワイバーンの件で俺が行く事になったが、いくら本人の部屋とはいえ機密書類を置いていくわけにもいかないからな。普段ならこういう確認もきっちりする筈だが、やはり相当弱っているんだろう」


 懐から丸めた書類を見せると拡げる事はせず、また元の場所へと戻しながらクライスは話を続ける。


「こまめに報告していたとはいえ最新の報告書がないと仕事の続きどころか不在事の確認すら出来ない。しかし意地っ張りな奴だから自分から来るなと言った手前やっぱり来いとは言えないし、何より俺に仕事が出来ないなんて事は絶対言わない。つまり俺が帰るまであいつは休む事しか出来ないんだ。そうなるとやっぱり俺もヴィルモントの考える通りに動いて相打ちに持っていくしかないな……」


 最初に会った時から不穏な空気を漂わせていたが、どうもヴィルモントとクライスは仲が悪いらしい。

 しかし仕事を任せているあたり信用はしているのでそこまで悪いわけでもなさそうだが、お互い相手の思うように動くのを避けて休ませる為とはいえ思う通りに動かそうとしているのでやはり仲は悪いのかもしれない。


「えーと……とりあえず俺が元の姿になって運べるだけ運んでみる。背中に乗せてくれないか?」

「ああ、幸いこのワイバーンはレッサー種、一般的なワイバーンより小型だから多少は軽いのが救いだな。俺も四匹、いや五匹ならいけそうか? 多少引きずる事になるだろうが、傷つくような柔い皮はしていないからそこは問題ないだろう」


 結果的にシスは十五匹のワイバーンを背に乗せ、残り六匹はクライスが尻尾を掴みそのまま引きずりながらヒールハイに向かった。


 そしてヒールハイに到着した時にはクライスもシスも疲労困憊で動けず、ヴィルモントの言う通り数日休む事になった。

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