第134話 魔物専用の携帯フード店
ゼビウスはシスと共に適当に王都を歩いていた。
今まで訪れていた街とは雰囲気からして全く違うカッチャに、シスは店だけでなく家や道など興味津々に周りを見ている。
死告獣の事でかなり落ち込み、話す事を勧めたゼビウスも少し責任を感じていたが楽しそうにしている様子に安堵の息をついた。
そんなシスは忙しなく辺りをキョロキョロしていたが、ふと足を止めた。
一点を見つめたまま動かなくなったので、ゼビウスも何かあったのかと視線を辿ると目に入ったのは魔物専用の携帯フード店。
しかしドアには準備中の札がかけられている。
「入ってみる?」
「え、でもまだ開いていないんじゃ……」
「中には入んないよ。外に飾ってあんの見るぐらいはいいだろ」
それならと少し早足に近づくと、丁度店主らしき人物が中から出てきた。
「おや、お客様ですか? まだ開店前ですが……良かったらどうぞ」
「えっ、えっ」
店主に言われたシスは戸惑いの表情を浮かべながらゼビウスの顔と店主の顔を交互に見ている。
「折角だから入るか。何か気に入ったのあったら遠慮なく言えよ?」
それに軽く笑いながらゼビウスはシスと共に店の中へと入った。
店に入って真っ先に目に入ったのは、棚にびっしりと隙間なく綺麗に並べられた様々な種類の魔物用携帯フード。
その中でシスは魚を使った種類の棚を見つけると、ジッと見上げたまま動かなくなった。
「……これって味見とか出来んの?」
「え? あ、はい、それは勿論ですが……えっと、貴方が、ですか?」
こちらの会話に気づかない程夢中で見ているシスに苦笑いを浮かべながらゼビウスが尋ねると、店主は明らかに動揺した。
「ん、ああ、俺じゃなくてシスだ。シス、味見していいらしいから元の姿に戻ったら? そっちの方が食べやすいだろ」
「! いいのか?」
ゼビウスに言われシスは目を輝かせて元の姿に戻った。
よっぽど嬉しいのかブンブンと尻尾が勢いよく振られている。
「ケ、ケルベロス!?」
「いやオルトロス。でもそうだな……折角だしケルベロスとガルムも呼ぶか」
そう言うとゼビウスは手を軽く前に出すと手のひらを床に向けた。
それと同時に床に黒い魔法陣が浮かび、中からケルベロスとガルムが現れた。
「閣下!」
「よお、元気そうで何より。何か問題は起きていないか?」
「はっ、以前と違い侵入者などはおらず特に問題もなく見回りも丁度終えたところです」
「それなら少し時間はありそうか」
「はい、私もガルムも大丈夫です。もしかしてそちらで問題でも起きましたか?」
「いやこっちも問題ない。ただ丁度魔物専用の携帯フードを売っている店に来たからケルベロスとガルムの分も買おうと思って。いつもと違うのを食べるのもいいだろ? 味見も出来るから好きなのを選べ」
「よ、よろしいのですか!?」
ゼビウスの言葉に多少の遠慮を見せているが、ケルベロスもガルムも目は先程のシスのように輝き、尻尾も勢いよく振られている。
「俺の代わりに仕事を任せているし、たまには労わないとな。だから遠慮はいらない」
「あ……ありがとうございます!!」
ケルベロスとガルムは深く頭を下げると早速商品を確認し、自分好みの味を探し始めた。
最初はケルベロスやシスに怯えていた店主だが、ゼビウスとの会話やその嬉しそうな様子に緊張が解けたのか水を用意したり興味を示したフードの説明などをしている。
「うーん……」
「口に合いませんでしたか?」
「あ、いや、魚の味がするやつは美味いんだが野菜味のも混ざっているのが……魚の味だけのはないか?」
「ああ、成る程。それでしたらこちらの……白身のものと赤身の二種類ありますがどちらがよいですか?」
「白身で」
シスが好みのものを見つけた横でガルムは少し苦い表情を浮かべていた。
「むむ、この内臓系の味は私好みではあるのですが……固さが気になります。同じ味でもう少し柔らかいものはありませんか?」
「柔らかい……となると老いた魔物用のになりますが……」
「おお、あるのですね! 味は変わらないのでしたら是非そちらをお願いします!」
「ハッ、軟弱な奴め。私はもっと固くてもいいぐらいだ」
「フン、石頭は食べ物まで固いのを好むのか。だから融通の効かない性格になるのだな」
「お前のような軟弱者になるぐらいなら固い方がいいに決まっている」
「はい、そこまでー」
一気に剣悪な空気になりガルル、とお互い唸り合い喧嘩になりかけたのを珍しくゼビウスが止めた。
「ガルムは元気になったとはいえ、内臓とかの機能はまだ完全に回復したわけじゃないから消化しやすいものの方がいいんだよ」
「あ、そういえばそうでしたね……。……フンッ」
ケルベロスは納得すると短く鼻を鳴らしてから再び味見用のフードを食べ始めた。
ただまだ回復しきっていないというゼビウスの言葉に心配はしているのか、先程まで振っていた尻尾が大人しくなっている。
「あ、あの。おやつ用のフードもあるのですがそちらもどうですか? クッキーのようなサクサクとした軽い食感なのでケルベロスさんやシスさんだけでなくガルムさんも気にいるかと思います。味も果物などの甘いものやチーズなどこちらも様々な種類を揃えています」
微妙な空気になったのを店主が気遣ったのか、おやつ用のフードを持ってくるとそれぞれ味見用の器にカラカラと入れていった。
「おお、確かにコレは……! 美味しいですしとても食べやすいです!」
「!! 甘いだけでなく果物の味まで楽しめるとは……!」
おやつ用フードはケルベロスとガルム、特にケルベロスが気に入ったのか一通り食べ終わると後ろ足で顔をかき、ゼビウスもその様子に安心したように顔を綻ばせている。
「一つだけと決めたわけじゃないし、そのおやつも買うか。他に気に入った味はあるか?」
「成る程確かにこのサクサクとした食感のチーズは非常に良い。だがもっとチーズの味が濃くてもよいのではないか?」
「!!」
いつの間にいたのか、気づけばトクメがシスの器を手に取りチーズ味のものをつまんでいた。
器ごとおやつを取られたシスは勿論ケルベロスとガルムもいきなりの事に驚き、ゼビウスでさえも気づいていなかったのかトクメが話し出した瞬間に肩を跳ねさせた。
「あ、あの……」
「アレはチーズと名前がつけば何でも食いたがるただのチーズ狂いだから気にしなくていい」
「いえ、その、コレは魔物用でして……」
「私は魔物ではないが、人間か魔物かで分けるならば魔物なので何の問題もない」
「は、はあ……?」
「それよりお前何でこっち来たんだよ」
「私が何処で何をしようが私の自由だ、お前にどうこう言われる謂れはない」
「俺達の行動に干渉してきてんだから俺がどうこう言う権利はあるだろうが。あとシスのおやつを勝手に取るな」
「…………」
ゼビウスの反論にトクメはムッと顔をしかめると、シスから取り上げた器をゼビウスに押しつけそのまま何処かへ行ってしまった。
「何をしに来たんでしょうか……?」
「ムメイちゃんに一緒に街を歩くの断られて拗ねてるだけだ、ケルベロス達は気にしなくていい。俺とシスだけじゃなくてケルベロスとガルムもいたから空気を読んで去ったのか、逆に余計寂しくなったのか……多分後者だな。って、あいつちゃっかりチーズ味だけ全部食っていきやがった」
「あっ、私の分のもないです!」
「いつの間に……」
「何だかんだ気に入ったのか……ん?」
ふとゼビウスがカウンターの方を見ると、そこには商品のチーズ味のおやつ三袋と小さなダイヤが置かれている。
「買えってか。で、俺にダイヤやるから代わりに金払っとけと。自分でやれよ」
文句を言いながらもゼビウスはダイヤをしまうとトクメの選んだ商品の代金を払った。
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